2018年1月18日 (木)

なるほど「ニュー別姓訴訟」=「同姓訴訟」だった・・の巻①

サイボウズ・青野社長が起こした別姓訴訟に関して「「ヨス」さんが書いたふたつのブログを、
「新しい夫婦別姓訴訟(東京地裁)における原告側の主張を適確に,かつ分かりやすくまとめてくださっている」として訴訟を担当する弁護士の作花事務所がシェアしている。
https://yossense.com/street-name/

「明日からチョンマゲな」

青野さんに倣ったわけではないが、い思わずつぶやいてしまったが(笑)
この訴訟の位置づけを知る意味では示唆的な内容にもなっている。
(ちなみに明治初期は「別姓」が法的にも担保されていたから、この「チョンマゲ表現は「ザンギリな」がむしろ正しいのだが笑)

訴訟内容を「適確に」まとめたというブログには、この訴訟について 

*******

「『別姓にするよりも旧姓の通称使用を拡大させろ!』というものです。」

「先ほど例に出した『夫が名字を変えてくれないと家が消滅する』という事例においては、夫に法律上は姓を変更してもらい、戸籍上は元々の夫の姓を使い続ける……ということで解決します(夫が納得するかどうか……という問題はありますが)」

「こうすることで、生活で実際に使われる『通称名』は、戸籍上にも記載されている『法的根拠のある名字』という太鼓判をもらえるということです」等々

*******との記載がある。

ん?「別姓にするよりも、旧姓の通称使用拡大」を求めるなら、戸籍上はまず同姓を選んで、旧姓は通称として戸籍法上も使用を認めるということだ。
つまりはやっぱり夫婦は「同姓」を「選ぶ」。そこは今まで通りとなる。
となると、そもそも「ニュー別姓訴訟」でななく、「同姓訴訟」というべき事案なのではないか。

家が消滅する・・って。
このブログの中では、
「(夫が納得するかどうか・・という問題はありますが)」と自覚的に書いてあるが、
つまりは誰かの納得、犠牲を生じるならば、そこにどれほどの意味があるのだろうか?
訴訟を経て万一法改正となっても、指摘のケースのようにそれはさらに「家」に縛られた生き方を強いることになるのではないだろうか?

そもそも「家」なんぞ、たかだか150年に満たない「作られた伝統」であり、むしろ保守派の皆さんが大好きな長ーい日本の歴史の中では、点にも満たないごくごく最近のお話。

明治的支配を最短で完成させようと、即席で作った制度でもある。
「夫婦同姓」はその根底に、性別、出自等も含んだ差別構造を固定化し、可視化する装置として使われてきた。
この歴史的背景を丹念に見なければ、たとえ前に進んでも問題を積み残すことになる。

一方で、少なくともここでは「ニュー別姓訴訟」と表現しているということは、「別姓訴訟」には「オールド」が存在し、それとは違うということを強調しているわけで、そこは繰り返しになるが「ニュー夫婦別姓」はあくまで「夫婦同姓」の変形。旧来の「夫婦別姓訴訟」とは「ベツモノ」なのである。

ただ、旧姓使用が国から正式に「太鼓判をもらえる」ことを求めるだけなら、旧来の政府与党が推進して来た施策の拡充を応援すればよいこととも思える。
その辺の内容については、「別姓反対・通称推進派」として30年来活動をしてきた高市氏の著作に詳しい。

さて、ここで想定されているであろう「オールド別姓訴訟」だが、改めて認識したのは、

「夫婦別姓訴訟」には「ニュー」も「オールド」もない。

あるのは訴訟へ参加や必要性の有無も越えた連帯である。

ということを知ることに至ったという意味では、
「ヨス」さんが書いたブログを作花先生がシェアしてくれたことには大いに意味があると思う。

そして、誰もが真に選択できる、日本の伝統でもあった(笑)真の「夫婦別姓」を推進していきたいと思う。

チョンマゲがいいと思えば、どうぞ、どうぞ。
ザンギリも、アフロも選べる社会を維持するルールを作りたいぜ。

2018年1月 5日 (金)

今年の箱根駅伝〜「戦国駅伝」にならなかった理由

 今年の箱根駅団の下馬評は東海大・神奈川大・青学大が3強。これを追う6校が東洋大・駒沢大・中央学院大・日体大・順大・早大の「戦国駅伝」・・・というものだった。

 が、結果的には「3強」予想は全く当たらず、ただ「普通に走った」青学大があっさりと優勝した。

 東海大と神奈川大には優勝争いしてもおかしくない戦力はあったが、エースや中堅に故障者が出た上、5区山登りにブレーキがあった。結果的に青学大にわずかに抵抗できたのは上級生に故障者が出た分を1年生4名(うち好走2名)がカバーした東洋大だけで・・・結局は「戦国駅伝」でも何でもなく、勝負的には全くあっさりとした印象の大会になった。

 さて、早大は東洋大に次ぐ3位に来た。

 戦力的には今回の上位2校、さらには東海大・神奈川大・駒沢大などにも大きくヒケを取ると見られていたが・・・1・2・3・5・6・9・10区の調整がドンピシャであった。

 個々の実力は昨年のチームより大きく劣ると見られており、実際その通りだっただろうが、1月2日3日に限ったアウトプットでは同じ3位。

 出雲優勝の東海大や全日本覇者の神奈川大の上に、今回の早大がくることも単純な戦力比較でははおよそ考え辛いことだった。

 6・7・8区の人選にはかなり苦しいいきさつが垣間見えたものの・・・今回から少し調整を変え、どうやら新しい境地を獲得したのではないか。

 「3位で喜ぶチームってどやねん」という声もあるだろうが、新しいピーキング技術が手に入ったのなら、その部分については素直に喜んでいいと思う。

 各校の戦力を大きな試合でのエースどうしの着順、各選手の年間を通しての記録、また短い距離の駅伝結果から見れば、確かに群雄割拠の「戦国時代」だ。

 ではなぜ実際にはこれほど明白な差がついたのかと言えば、「速い(記録をもつ)チームが必ずしも(長い駅伝で)強くない」から。で、さらにその理由をより具体的・技術的に掘り下げれば、チームとしての仕上げ技術に明らかな格差が出てきている、ということが理由の第一かも知れない。

 青学大や東洋大はそうした点でもさすがであり、中位チームでは今回の拓大や法大の仕上がりには見るべきものがあった。

 一方、東海大・神奈川大以外でも、中央学院・日体大、あるいは1区の先陣争いで無理したツケが出た感もある駒大・順大なども、チームとしての仕上がり具合は総じて悪かったような感じがする。

***********************

 以上は早大競走部OBの夫の分析である。

 毎年のことながら、箱根駅伝をみると選挙とダブる。

 調子が良さそうにも思えない自民党が、特になんの秘策もないが圧勝して行く様相。

 野党はそれぞれの持ちタイム=基礎票の足し引きといった単純計算だけは勝てない。一発逆転を狙って、エースを投入しようと思ったら、直前でエントリー変更(笑)

 新興政党はそこそこがんばったが、基本、他からの引き抜きだから、じゃあ、次回はというと、相当のてこ入れが必要・・。

 青学の原監督は「業界の常識」を疑い、変えることが、陸上界への貢献であると、常に発言し、 練習や選手起用等々で実践して来たが、政治業界でも「水飲むな」的な根性論&しごきがいまだに残っているのだが、ネット他環境の激変に対して対応する+世界情勢が変わる中で対応できる選手育成を目指さないと、たとえ選挙に勝っても使えない議員の量産になる。

 その辺を踏まえた「ハーモニー大作戦」をどう作り出すのか。

  選挙がないからこそ問われる一年になりそうだ。

2017年12月20日 (水)

BLOGOS AWARD 2017

http://blogos.com/feature/blogos_award2017/
「BLOGOS AWARD 2017」で入賞し、表彰いただきました。
ありがとうございます。

ブログは大抵「朝の細切れ時間」の5分から多くて20分ぐらいでぱぱっと書くので、
あとから読み返すと誤字脱字もあったりでお恥ずかしいかぎり。
でも、どんな短い文章でも「社会評論」の体裁が取られているようにと意識しながら書いています。
編集部さんにそれが伝わっていたのね、と、嬉しくなりました。

あと、幾ばくかの「笑い」をまぶすことも、自らに課しております(笑)

ってことで、来年もがんばりまーす!

2017年12月16日 (土)

パリテの会合で対談します

12月17日 午後3時〜 パリテの会合で 池内さおりさん 三浦まりさんと対談しまーす✨ 楽しみ!皆さん、いらしてくださいね💝 しかし、ビラはなぜか氏名の表記が戸籍名(笑)


実は、この氏名表記の件では、常日頃、報道関係でちょっとした違和感を感じている。
政治活動でも社会活動でも「頑に戸籍名のみ」というところがあったりするからだ。
私はプライベートは戸籍名、それ以外は通称と完全に分けて使っているが、新聞社等によっては説明しても戸籍名表記、というところがままある。それこそ高市さん等の場合は通称なのに(当時)、何を基準に決めているのだろうか?と、その判断が統一したものではないことにもなんとなくもやもやしてきた。(まあ、きっと、それなりの内部基準はあるのだろうが)
ワタクシの場合は氏ではなく名の部分なのだが、名の部分も含めての氏名権であることはなかなか理解されない。

新聞等で自分の名前を見る度に、公私の境目が荒らされたような、ちょっと哀しい感じがしたりする。

ひらがな表記も可とするとたとえば「すずき一郎」と「鈴木じろう」等々が並ぶこととなって混乱しそうな気はするけれども、その個人にとって一番利便性が高いものが、社会的にも使われるようになればいいなと思う。

脱線したが、17日、ぜひ、来て下さいまし〜!



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2017年12月15日 (金)

体外受精はセックス(性行為)か

またまた「父とは誰か」を巡って、悩ましい裁判の判決が出た。

体外受精で凍結保存していた受精卵を別居中の妻が夫に無断で移植、生まれた子と法的な父子関係はあるのか、ないのか。
本日、奈良家裁(渡辺雅道裁判長)は男性の訴えを却下し、父子関係を認める判決を言い渡した。


毎日新聞の報道によれば、判決では、凍結受精卵の移植について両親の同意が必要としたうえで、2人の当時の交流状況から、同意がなくても、婚姻中に妻が妊娠した子は夫の子と推定する民法の「嫡出推定」の規定が適用され、「嫡出子」として認められると判断したのだ。


さて、この判決でワタクシが最も気になったのは「生物学的な親子関係に争いはなかった」という点である。

つまり、子がこの男性に対し、認知の訴えを起こしたならば、男性はどのみち「父」になるであろうということなのだ。

この男性のこだわりポイントは「嫡出子」(婚姻内で出生した子)か「非嫡出子」(婚姻外で出生した子)かというところだったのだろうか??

日本における「認知」という法律はあまりにずさんで、摩訶不思議な法律なのだが(ああ、それだけで一冊書けそう・・)

たとえば酔った勢いで、とか、愛情は全くないが等々、妊娠に至る過程や当事者の意志とは関係なく、ただただ生物学的な親子関係があるか否かだけを問われる。
さらには相手が妊娠したことも知らぬまま産まれた子が、何十年後に生物学的父の前に姿を現し、認知を求めることある意味「よくあること」。
その際、認知を求められる側に受精や着床、つまりは出産に同意したか否かももちろん問題にされない。
つまりは、性行為は生殖行為であることに自覚があったかがなかったかなんて関係ない。
単にセックスして精子を放出した結果責任のみが問われる。もちろん、それは応分の。

今回の「受精卵の移植に同意したか否か」でもし父が決まるとするならば、
セックスという「性行為」はしたが、「生殖行為」はしていない。つまりは「受精卵となることには同意をしていない」と認知することを拒む輩も出てきかねない。

生殖補助医療を受ける場合、体外受精をして受精卵を作る段階でそれは性行為、生殖行為と同等とみなさないと、バランスに欠けるという話になるのではないだろうか。

いずれにせよ、生殖補助医療に関する法整備が叫ばれて、どんだけ時間が経っているのか。

ま、逆に内容を理解しない人々に変なの作られちゃたまらんので、その辺は難しいところだが、この制度設計こそきちんと人材を揃えてしっかりやらないと、今や20人に1人となった体外受精児たちの法的地位は守られない。

2017年12月 7日 (木)

「議会における働き方改革」 withテレワーク 勉強会やりまーす

議会への「子連れ出席」で賛否があがる中、
12月19日(火)午後2時〜4時衆議院第一議員会館第3会議室でにて
「「議会における働き方改革」を進め、社会を変える会」を開催します。

第一回目として「働き方改革においてのテレワークの実践」として、日本のテレワークの第一人者田澤由利氏を講師に勉強会を行ないます。
当日は別室や、姫路等遠隔地と結んで、実際どこまでできるのか他、実践してみます。
勉強会終了後には、野田聖子総務大臣に申入を行ないます。
議会で働く議員さん、秘書さん、一般企業にお勤めの方、マスコミ関係者の皆さんなどなど、どなたでも参加ができます。
趣旨に賛同し、お手伝いいただける幹事さんも大募集!!
まず、議会を変えよう!💝
Let's join us

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2017年12月 5日 (火)

子連れ=善 それ以外=悪 二元化は危険

都議会議員から、議会への子連れ出席を小池知事に要望するという動きがあると聞いた。

もちろん、それで良い方向にいけばいいのだが、
子連れ=善で、それ以外=悪 つまりは子育て支援の抵抗勢力的な、単純な議論に至りませんように。

懸念するような動きも出ているようで、この問題は表面的なことだけではなく、もう一歩深く見て行かなければならない。

二元化は危険だ。

2017年11月30日 (木)

働きたいけど「預けられない問題」と「預けたくない問題」

昨日のアップ「熊本市議会「子連れ出席」に関する補助線①「母子分離」」に対して、
思いもがけずたくさんの方々からメッセージをいただいた。

その中で、今、日本の子育て支援の課題の中に、「『働きたいけど預けられない問題』に加えて、『預けたくない問題』というのがある、というご指摘には唸るものがあった。

社会が多様化する中で、いろんな選択肢を確保して行くというのはこれまで言って来た通り、とても大事なことだと思う。
子育てだけでなく、社会参加しようと思う人々を阻害する全ての要因を取り除くべく、努力をしなければならない。

しかし、今回の騒動でどうにも違和感を持つのが、
当初は「預けたくない問題」ではなくて、「預けられない問題」としての発信だった、という点にある。マスコミも含めて、である。

だからこそ、急速にこの問題が広がったとも言える。

「母子分離」についても多数のご意見が寄せられた。

これについては、この件とは別に議論して行きたいと思っている。

2017年11月29日 (水)

熊本市議会「子連れ出席」に関する補助線①「母子分離」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171129-00000001-maiall-soci

熊本市議の本会議への子連れ出席を巡る議論が盛んになる中で、
この問題が問いかける問題には複数の論点があるが、混同してこんがらがっている感もあるので、交通整理が必要であるとも思っている。

交通整理の補助線の一本目は「母子分離」である。
今回については「待機児童対策」等よりも、「母子分離」回避の新たな選択肢を広げたいということのほうが強かったのだな、ということが、インタビューを読んで良くわかった。
つまり「預けられない問題」とはまた違った視点での問題提起なのだ。

前のブログでも指摘したが、熊本市の保育所を空き状況を確認してみると0歳児には空きがある。ベビーシッターを捜すのが大変、との事情があるのは理解するが、経験則上、こうした場合は、まず保育園入園、もしくは保育園の一時預かりを利用しよう思うだろう。(そこには言及がないのでわからないが、入園申し込み等はやっていないのだろうか?もしやっていて預かってもらえない状況があるなら問題だ)

それはそれで議論されるべき論点だと思う。
今回の議会開会の予定は15分程度というのであれば、まあ一緒に過ごせない訳ではないな、と考えたのも理解できなくもない。

ただ、通常、議員の仕事とて、15分では済まないものばかり。
責任を持って仕事を遂行するにあたっては、別な方法も考えなくてはならなくなる。

「私が目指すのはさまざまな子育てや働き方のスタイルを認め合うこと。その一つとして仕事によって母子が分離されない姿。一緒にいるのは赤ちゃんにも母親にも大切。赤ちゃんの発達にも必要で、大事な部分でもある。産休後は「預けなければいけない」ではなく、母子を分離しない働き方もできるようにしてほしい。」(緒方議員・毎日新聞)

「母子を分離しない働き方」

それを選ぶ人々がいることを私は尊重したいし、その要望をできる限りかなえ選択肢を広げることは、まさに政治の仕事であると思う。(この件については近々田澤百利さんと政策提言を行ないます)

ただ、一方で、子どもを誰かに預けることなく、仕事と子育ての両方を職場で、もしくは家庭で行なうことは女性にとっては過酷な二重労働になる可能性があることをよくよく考えなければならない。
過去の先人たちの苦い経験も含めて託児所や保育園はあるという側面を知っておいてはもらいたい。

「母子分離」というとおどろおどろしいが、それは決して悪い側面ばかりではない。
「働いている母親は、自分が一日中子どものそばについていられないことを、子どもに済まなく思うものだから、(保育園が)子どもに、家にいる母親がしている以上の「理想育児」を期待する。保育園の育児のほんのわずかの「不行届き」も、母親は非常に重大に考える。」(「育児の百科」松田道雄 岩波書店 P214)という傾向もあって、保育園に預けることに関しては、経験者以外からの「可哀想」等も含めて、誤解や偏見もあることも事実だ。

しかし、考えてみれば、この国で出生から子と母がつねに密着して育児を行なって来たのは戦後のことで、それ以前は祖父母や兄弟姉妹、ご近所等々、子育てには常に他者が介在してきていた、つまり、それが短時間にせよ、ある意味「母子分離育児」は日常であったともいえるのだ。

なので、ワタクシはあまり「母子分離」にこだわりをもたなくてもよいと思っている。
父親の育児参加が当たり前になって、父子密着の時間が増えたからといって「母子分離」とは言わないだろう。一方で「父子分離」はスルーで問題にもならないってのもね。

さて、今回の「子連れ出席」が父親だったら、世論はどう反応しただろうかなとも思う。意外に受け入れたかもしれないと思うのはワタクシだけだろうか。
逆に言うと、それだけ母親への一方的な育児プレッシャーも強いということなのだろう。

何度も繰り返すが、この問題で一番後にされるのが子ども、である。
子どもは当然ながら「ママがいい」。
・・と皆さん、思っているかもだが、実はワタクシは1年間、3時間おきに保育園に通って母乳育児をしながら、そこで鑑みた多くの子どもたちの表情や行動を追って、「そうでもないんだな」ということに気がついた(笑)
それなりに、みんなご機嫌でやっている。
なぜか。「ママが一番」じゃないのか。
いや、もちろんそれはそうなんだけど、そこで気がついたのは、
子どもには親だけでなく、それ以外の信頼できる大人も必要である、ということだ。
それが社会と出会う、という第一歩なのだ。
乳児とてそうであることを、ワタクシは「天使組」(ちとせ保育園0歳児)の部屋でつくづくと学んだのである。

ひとみしりの時期や、イヤイヤ時期。子どもの月例ごとの育ちに合わせた成長がある。
母子密着で職場にいるよりも、時としては分離して保育園にいた方が良い場合もあることを親は忘れてはならぬ。
その可能性を排除すると、結果的に子どもにとってできうる限りでの最適環境を与えることができなくなるからだ。
少なくとも、本会議場は母と一緒としても子育ての最適環境ではない。15分以上は。

緒方議員については、個人を存じ上げないので、報道ベースとなるが、妊娠時、出産後も体調が悪く、議会には出席しておらず、今回から復帰ということだったらしい。
産後体調が悪いというのはどれほどつらいことだろう。お見舞い申し上げたい。
今後の議会も採決には出る、と記事では書いているが、他に関してはは出席が叶わないかもしれないという残念な思いや焦りもあるだろう。責任感を持った議員ならば当然である。

体調が悪ければ、本当はお子さんの面倒をしっかりみてくれる、安心できる育児のパートナーを見つけられたら、ゆっくり休めて回復も早くなるだろうと思う。しかし、職業人として十分に職務が果たせていないと思うと、逆に子育てだけでもしっかりやらねばと思ってしまうというのはままあることだ。
特に母乳育児をしている場合はその思いも強くなる。
前述の松田道雄氏の言葉ではないが、子どもと常に一緒にいないと「母子分離」が起って、子どもの育ちに影響があるのではないかと不安に思うこともあろう。

そうした「母子分離」で悩んでいるお母さんたちには、ぜひ「こんなときお母さんはどうしたらよいか」(松田道雄著 暮しの手帖社)も読んでほしい。

今回の疑問に対して、丁寧に答えている。

次の補助線は「議員として」で引いてみよう。→つづく

2017年11月27日 (月)

「佐藤優×井戸まさえ 超早朝勉強会@蒲田」 明朝です

みなさーん リマインドでーす。 明朝でーす ええ、朝5時半〜でっす!! 「佐藤優×井戸まさえ 超早朝勉強会@蒲田」 今月も「知の巨人」とともにお待ちしております✨ <日時:11月28日(火) 午前5時半〜>  <場所:「井戸まさえ事務所」大田区蒲田5−46−11蒲燃ビル202>



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