2019年11月13日 (水)

「桜を見る会」 議員関係出席者名簿の把握はそう難しくない?

首相主催の「桜を見る会」を巡り、内閣府がまとめた招待者名簿が会の直後に廃棄されていたという。
ありえないことだし、そのことを追求するのも大事であるが、議員推薦関係の実態を知りたいというのであれば、実はそう難しくないことではないだろう。

元職も含めて全国会議員経験者にアンケートをとり、報告させれば良いのである。


氏名の特定は公表を前提としていないので任意にし、何名推薦したかと個別ごとにその理由を記載する。
で、アンケートに答えない議員についてはその旨を公表すればいい。

「忘れた」というは通用しない。秘書でも党職員でも、それぐらい把握できていなかったならば、職務に値する能力があるかが問われるだろう。

9年半前の民主党政権時代についてもとやかくいうなら、その当時の議員にも尋ねればいいのである。
ここ数日の間に何人かと話をしたが、皆、結構克明に覚えていて驚いた。

私ですらできる調査だな、と思った。
安倍政権ならば、その気になれば多分、半日もあれば終わるだろう。

政党がなくなっていたりしていた場合も、国会にはOB/OGの「前議員会」があるので、協力を頼めば良い。懇親会や講演会ばかりでなく、「前議員会」も今こそその力を発揮する時である。

何れにせよ、調査はランダムではなく、全議員経験者に公平平等に行われてこそ、その中での突出した行為が見えてきて、不正や違反が浮き彫りになるのだ。

菊池桃子と滝川クリステルに見る「人生100年時代のキャリア戦略」 話題の「51歳再婚」が意味するもの

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/68336

「菊池桃子と滝川クリステルに見る「人生100年時代のキャリア戦略  話題の「51歳再婚」が意味するもの」を現代ビジネスさんに寄稿しました。

桃クリの結婚について、人生100年時代のキャリア戦略という観点から書いています。
「知的財産」、「学び直し」がキーワードすな^_^、

2019年11月11日 (月)

システム障害だった・・

ブログの二重投稿の件。
なぜそうなっていたのか理由を知りたくて、朝からニフティに電話。

なんと、今年の春に大幅なシステム変更のメンテナンスをかけてから障害が起き、5月に再調整するものの引き続きトラブルは発生し続けていて人によって障害がいつ、どんな形で出るかはわからない状況らしい。

ワタクシの場合は、ブラウザや操作の問題ではなく、たまたま久々にアクセスした記事が二重になって出たという蓋然性が強いとのこと。

で、同様もしくは類似ケースに関する問い合わせも来ているそう。

とりあえず、原因わかってよかった!

ニフティのKさん、丁寧なご説明、ありがとうございます。

2019年11月10日 (日)

2010年4月の「桜を見る会」にかかるブログの内容について

一部に誤解や曲解があるので、改めて書いておきます。

まず、削除については二重投稿に気づいて一本を削除、一本を残したところ、検索エンジンでは削除した方のリンクしか出てこず誤解を産んだようです。
削除はしていませんので、ご確認ください。

一方で、私が後援者を供応するために招待したかのように書かれたツイート等が流れているようです。

当時、一年生議員だった私に招待者を決める権限は当然ですがありませんし、
そもそも後援者に対して供応等をするタイプの政治家ではないことは、政治関係者はもとより過去の選挙区〜現選挙区、すべての後援者の方々がご存知のことだと思います。
そうしたことができないからこそ、現在の政治文化の中ではこんなにも苦労をしているのかもしれません。

私の後援会長や相談役は阪神淡路大震災後の復興の功労者です。鳩山政権はそれまでの自民党政権が追悼式典への閣僚出席もなかったことを改める等、被災者に寄り添った行動を具現化していました。彼らの名誉のためにも言いますが、招待されたのは私の後援者だからではありません。それ相応の活動の積み重ねが評価されてのことです。
ちなみに、私は彼らと会場で会っただけで、前後に別の場所で食事やお茶をしたり、帰路をご一緒したり等もしていません。それぞれが別々の経路で来て、帰っています。後援会活動の一環ではないので当たり前です。

加えて言えば、ブログには書いていませんが、当日の会場では私の後援会の他のメンバーともばったり会っています。
その方は「どうしてお呼ばれしたのかわからないけれども、たぶん夫が叙勲したからかしら?そういう方々には自動的にお知らせがいくようになっているのではないかしら」とおっしゃっていました。素晴らしい研究者でしたので、学問の分野での功労者として選ばれたのだと思います。
もちろんこの方も、私の後援者だから選ばれたわけではありませんし、そもそも当日私がいることもご存知なかったわけです。

少なくとも2010年の「桜を見る会」は政治家が闇雲に後援者を呼ぶ会ではなかったし、そういった認識は参加者の方々にもなかったのだと思います。野党(当時)の方もいらしたし。

ただ、当日は本当に寒くて参加者の皆様は大変だったと思います。
それでも文句も言わずにいてくださった皆様は新しい政治の実現を心から願っておられたのではないかと思います。
そんな思いも含めて、9年半前に当該ブログを書きました。
言葉足らず、説明不足もあったかと思います。その点は当時の私の筆力不足です。

私の政治姿勢や活動については、ブログ他、「候補者たちの闘争」(岩波書店)や現代ビジネス、論座をご覧いただけたら幸いです。



記事は継続的にアップされています

偶然って怖い。
たまたま「桜を見る会」に関する過去のブログになんて書いていたかなと思ってくくったら、
なぜかこの日の投稿が二重になっていて、一本を削除したら、
検索でもう一本の方はかからなくて
「(意図的に)記事削除をした」と言われてちょっとびっくり。
作業が終わった後に、そのままブログに掲載されているのを確認、私
のパソコンからは読めるので気にしていなかったのだが、
検索には削除した方だけがかかるようで、誤解が起こっているようです。

上記の事情で検索にはかからないようですが、
ブログを過去に遡っていくと読めるのですが、読めない場合は以下からどうぞ。

http://idomasae.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-f70d.html


「桜を見る会」と議員推薦枠

「桜を見る会」に限らず、地方議員をやっていたときもイベントや表彰関係等で「推薦する人や団体がいたら、ぜひ」的な御触れがまわってくることがあった。一見「他薦公募」の形をとって、実は出来レース的な感覚での「与党枠」なる忖度選考はいろんなイベント、表彰関連について全国各地で今もそこそこ行われているかもしれない。

こうした議員からの「推薦」については、
もともとは行政の目の行き届かないところで功労のある人々に光をあてるという意味合いがあったのかもしれないし、それが機能していることも実際あるのかもしれないが、にしてもごくごく一部だろう。


「桜を見る会」についてはモリカケ問題で昭恵夫人の出席や所作が話題になり、またタレントを呼んでのパフォーマンスにマスメディアが注目し始めると、その開催意図に変化が出てきて、露骨に有権者への接待や党の広報がメインとなるイベントへと変質していったのだろう。

ちなみに、「桜を見る会」に地方から上京する場合は、交通費・宿泊費等が莫大で、ぶっちゃけ言えば出される焼き鳥やお土産があったとしてもを比較すれば決してコストパフォーマンスがいい行事とは言えないだろう。
では、参加者にとってのメリットとは何だろうか?

①首相から案内状が届き、限定された人しか行けない行事に参加できる(名誉的意味)
②閣僚等を一堂に間近で見られること(ミーハー的意味)
③(大抵は満開時期は終わっているのだが)桜を見ることができること(観光的意味)

他の観光と合わせての旅程のうちの一つの行事であれば良いが、単独だとちょっと厳しいよな、というのが、旅行業主任者資格ホルダーとしての率直な感想でもある。
今後、総理やその他の議員の地元からの大勢の参加者の皆さんの宿泊費、交通費はいかほどだったや、他の観光がどう絡んでいたのか、いなかったのか、その負担については過去に問題となった小渕氏の観劇会方式的なことがあったのか等々、さらなる追求が行われていくのだろう。

「桜を見る会」はもはや開催しなくても良いのではないだろうか?
なくなっても国民生活には何ら影響はない。

叙勲や先般の恩赦についても、慣例で流されてやっている部分もあるような。
これらも含めて、立ち止まって考えるべきときに来ている。

2019年7月31日 (水)

毎日新聞政治プレミアさんからインタビューを受けました

https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20190726/pol/00m/010/008000c
毎日新聞政治プレミアさんからインタビューを受けました。
 
今法制審議会で行われている「嫡出推定」の見直し規定について、「当事者抜き」のまま議論が進むことへの危惧を語っています。
 
親が婚姻しているかいないかで、子どもの登録の有無が変わるなんておかしい。生まれてくる子どもたちを差別し、母親たちを追い込むというこれまでの法の欠陥をそのまま残す結果になりはしないか。そして表向き前進したかのような法改正が、「無戸籍固定法」とならないか。
 
しかし・・明治民法制定以来120年ぶりの初改正なのに、未だ「子ども」が後回しになるって、どんな国なんでしょうか?
 
早く国会戻りたい!!!!
が、解散も遠い感じ?なので、国会外でできることを全てやっていきたいと思います!!!

2019年7月30日 (火)

当事者抜きの「無戸籍固定法案」への危惧

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190723-00000014-kyodonews-soci&fbclid=IwAR2y7NMO5jhTht0saV7EF-jS778kYK0kY3fFI1dEm0_T0Y7yVUuZJpjVjpY
 
「無戸籍固定法案」ができつつある。

見出しだけ見ると画期的に見える。

確かに一部は解消するものの、理不尽な300日規定は形を変えて、さらに偏見・差別を増長する形で存続する。

親子法が子どもの利益に基づくものなら、「存在の登録」を何より優先させて考えなければならない。

母親が婚姻しているかしていかないかだけで子どもの扱いが変わるなんで、そもそも憲法違反だろう。

「今後の検討課題」と最もらしく言うが、それはこの改正が「無戸籍固定法」となることを意味し、不誠実極まりない。

無戸籍当事者の声も聞かず法改正を行うことに、当事者の一人として断固抗議する。

しかし・・こんなことも見抜けない自称人権派国会議員もいて、暗澹たる思いになる。

2019年6月28日 (金)

「普通の人」とは誰か 「百田尚樹現象」余波に思う

『普通の人々』(原題:Ordinary People)は1980年、アカデミー賞作品賞と監督賞を得たロバート・レッドフォードの秀作である。ここには「普通の人」の定義が明確にある。

「百田尚樹現象とは何か」を問う石戸氏の記事を読んだ時に最初に感じたのは「普通の人」もしくは「普通でない人」の定義を示していないことが「あえて」なのだろうかという疑問だった。

一般論で言えば賛否のある素材を書く場合もしくは自分とは立場の異なる人物を取り上げる場合、書き手としては「問題提起」を行うだけでジャッジはしない方法をとる場合がある。
そして、最後は「読者の判断に任せる」とするのである。

ただ、それにしても、記事の根幹として、記事を貫く視座(例えば、この件では「普通の人」と言うキーワード)を示さないままに論を進めていくことは、そもそもなぜ記事にしたのかと言う、書き手や媒体の意図を無にして、単なる「広告」になってしまう危険性があるからだ。

だからこそ、石戸氏がどうしてこの手法を用いたのかなと不思議だなと思っていた。
しかし、津田氏の論考への反論という形の「苛立ち」を見ながら、どこかで自らが抱えていた後ろめたさ、つまりはいわゆる保守業界全体への蓄積がない中で書いたこと、もしくは結果的にその現象が時代をどう表したものなのかを示すことができていないことへの不全感なのかもしれないなと思った。

今、ネットメディアの勃興で息を吹き返してきたノンフィクションライターで沢木耕太郎を信奉する人は多い。

1977年、ノンフィクションライターとして出発したばかりの沢木耕太郎氏は『危機の宰相』の原型となる原稿を書いた。250枚を取材を含めて1ヶ月半で。長いので50枚ほど削ったとある。政治ネタ、特に政治家個人を描くことはかなり危険である。
そこで用いたのは複数の語り手を用意するという手法である。
政権を引き継いだ池田勇人とエコノミスト下村治、宏池会事務局長田村敏雄・・大蔵省という組織の中で敗れた3人を軸に『所得倍増』という夢を現実化して行く過程だ。
この原稿は実にその後27年という時を経て、単行本化される。それだけの時間が必要だったのは、単行本にまとめるよりも次の原稿を書きたかったからだと沢木氏自身が告白しているが、『危機の宰相』の原稿自体に「一人称」と「三人称」が混在している等の構成上、いくつかの難点があったことも指摘されている。
なん人称で書くか。
試行錯誤の上沢木氏はニュージャーナリズムの影響を受けた中で「徹底した三人称によって『シーン』を獲得する」ことに強く反応した。そして「シーン」こそがノンフィクションに生命力を与えるものなのではないか、と。
「シーン」を作るのは人称というフィルターを通して見えてくる「視点」なのである。

体制側の提出した夢と現実として「所得倍増」の物語。(「危機の宰相」)
右翼と左翼の交錯する瞬間としての「テロル」の物語。(「テロルの決算」)
学生運動とメディアの絡み合いが生み出した「ゆがんだ青春」の物語。(「未完の6月」)

なぜ今その素材を書くか、仕事のアウトプットを見ると、ある種の見取り図が読み取れる。
団塊の世代として「時代の記憶」を辿りながら、日本の歩んだ道を浮き彫りにして行く野心を感じる。

何れにせよ、ある種のメディア媒体を投じて物を書く人々はその論考を通じて、単なる「disり」でも、お太鼓持ちの「広告」でもない、読者に思考の視点を提示する役割を担う。それにより収入を得ているならなおのこと、「見出し」以上の情報と問いかけをしなければ職場放棄だと常々自戒しているのだが、そういう意味でも考えさせられる論争だ。

2019年6月14日 (金)

2000万円問題で、野党が追及すべきこと 〜 70年代に個人年金が商品化された意味を踏まえて

 

「国民年金はですね、現在の段階で一人あたり月々六万円程度しか支給されないんです。これが将来に二十年後になりますと、おそらく二万円程度になります。お小づかいにもなりませんね。
(中略)
年金なんて一昔前は四十歳代になって初めて考える方が多かったんですけど、最近は違います。この七月からは加入開始年齢が二十歳まで下がったんですが、加入者がいるんですよ、これが。二十歳から年金に入ってしまうかたが実に多いんですから」

これは今の話ではない。1990年に刊行された「結婚しないかもしれない症候群」(谷村志穂著・主婦の友社)の一節である。
つまり今から30年前、生命保険会社は「20年後、おそらく国民年金は2万円程度になる」との試算を出して、個人年金商品の勧誘を行っていたのである。

ちなみに、老後生活資金準備へのニーズが増大したことで「医療保障」だけでなく老後を生きるための「生活保障」が求められるようになるのは平均寿命が恒常的に伸びた1970年代だ。1979年以降、保険会社各社は相次いで「個人年金保険」を発売し始めたのだ。
1984
年には「個人年金保険料控除制度」が創設され、税制面での優遇措置もあって「養老保険」「終身保険」「個人年金保険」といった貯蓄性商品が積極的に売られていく。

それらに加入した人たちは公的年金だけでは老後望む水準の生活を過ごせるかどうか、また平均寿命が延びる中、自分たちの老後がいつまで続くかも不安だからこそ、貯蓄や投資を行ったのである。

さて、「結婚しないかもしれない症候群」執筆当時27歳だった谷村氏が生保のセールスレディの勧誘トークに30分で陥落、加入した個人年金保険の毎月の保険料は、月々16千円だという。20歳から60歳まで払うと年金保険料は総額で768万円である。
一方で受給の方は60歳から10年間、一年300万円ということは全額3000万円となる。
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万円払って、3000万円の戻り・・・
逆にいうと、3000万は必要だと思われていたのだ!30年前にはすでに。

1989年、「1.57ショック」と言いつつ、危機感は薄く、高いインフレと経済成長が続くだろうと、無邪気に信じ、「少子化対策」と言いつつ失策の限りを尽くしたことが「無子高齢化」を産み、公的年金の基盤を揺るがせた。そのことこそ、野党は追求すべきである。
詳しくはhttps://gendai.ismedia.jp/articles/-/65200へ。

 

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