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2005年6月

2005年6月14日 (火)

枝野幸男氏

が、「一泊二日神戸の旅」に来てくださった。

彼は2年前の衆院選で日本ではじめて「マニフェスト」を導入、
つまりは日本の政治文化を変えた男、なのである。

いや~。道中、もー、感激のしっぱなしだった。

めちゃくちゃ、一生懸命なのだもの。
一秒たりとも休まない・・すごいっ!!!!

朝の六甲アイランド街頭では、
予定時刻の10分前に行ったら、すでに到着して待っててくださったよね(笑)

でもって、夜には吉本県議、横畑市議と4人で遅めの夕食。
いろいろ政治活動に関する「枝野セオリー」を伝授いただく。

実はワタクシとは、「仙台つながり」だったりもするんだけど、
私が大学入学で東京に出ると同時に、
枝野さんが東北大学に入学・・という「すれ違い」であって、
残念ながら杜の都で出会うことはなかったのだが(笑)

うむ、ワタクシ、枝野政権樹立のために頑張るわっ!と決意した所存でございます。

・・ってことで、まずは「神戸から政権交代」!!


 <お知らせ>

兵庫県知事選挙の告示にともない、
政治活動用HPの更新を停止します。

次回更新は7月4日以降の予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。

2005年6月12日 (日)

ガンバロー ・・・1

 10日の決起大会(於・東灘区民センター・うはらホール)には、「ハナキン」の夕刻にもかかわらず、270人もの皆さんにお越しいただきました。

 本当に有難うございました。

 18時、井戸まさえの保育の友人である藤澤朋子さんの司会と、辻泰弘参議院議員の力づよーいご挨拶で始まった大会の第1幕は、
松下政経塾出身の民主党国会議員による、民主党の政策紹介&井戸まさえ紹介。

 前原 誠司 (松下政経塾8期生・衆議院議員、民主党「次の内閣」防衛庁長官、前・外務大臣)

 市村浩一郎 (同9期生・衆議院議員、民主党「次の内閣」国家公安委員会副会長、元・阪神淡路コミュニティ基金事務局長)

 福山 哲郎 (同11期生・参議院議員、民主党政調副会長、環境委員会委員)

 のお三方から、外交・環境・防災などに関する民主党の政策や昨今の国会の動き、また「井戸まさえ」の人となりについて、熱い熱いご紹介がありました。


 第2部はパワーポインターを使っての、井戸まさえのプレゼンテーション「こういう政治を私はやりたい」。

 夫の智樹さんからの「井戸まさえヒストリー」紹介に続き、いよいよ本人登壇。

 「このままの政治が続けば財政が破綻し、失業はなくならず、少子化は進み続け、環境や安全も保たれない」、
だからこそ「こういう政治を私はやりたい」と、「井戸まさえマニフェスト」を発表しました。


 第3部は石井一民主党副代表、水岡俊一参議院議員、土居吉文市会議員、横畑和幸市会議員といった地元議員に加え、
松本たけあき衆議院議員をはじめとする各地の議員(総勢なんと21名!)が壇上へ。

 これまでの活動の様子がVTRで流れる中、井戸まさえへの力強くあたたかい檄を飛ばしていただきました。

 (↓ に続く)

ガンバロー! ・・・2

 フィナーレでは「5人の子ども」にも出番が。

 稲勢(いなせ・1歳)君・海如(みごと・2歳)君から白い手袋、
景治郎君(6歳)から花束、
理花ちゃん(9歳)から銀色の「圧勝ダルマ」がそれぞれ井戸まさえに手渡され、
最後に長男の宗一郎君(12歳)の手からタスキがかけられました。

 最後の最後は、今回の本部長をつとめる加藤修県会議員からの「ガンバロー・コール」。

 1時間45分という、この種の会合としてはやや長めのものになりましたが、ほんっっっっとうにいい会でした。

 (会の様子を1日も早くアップしたいんですが、ともかくもう忙しくて)

 今日は石井代議士・辻代議士が県連カーに。
 夕方には東京から枝野幸男衆議院議員(民主党・前政調会長)も合流され、明日にかけて各地で街頭演説会を開催して下さいます。

 明日(13日)12時からは「甲南武庫の里・平介茶屋」にて枝野さんを囲むランチミーティングも開かれる予定です。

2005年6月 9日 (木)

610、決起するぞー(井戸夫)

 3月末時点で「ゼロ」だった井戸まさえの知名度は、この間、飛躍的に上がった。

 先日、ある会で川上哲郎さん(前・関経連会長&東灘区在住!)にお会いした時にも「奥さんがんばってるね。よろしく言っといて」。

 シンポやパーティ等で毎日放送→大阪ドーム支配人の郡庸一郎さん、サントリー次世代研究所の佐藤友美子さん、関経連理事の岡政徳さん(いずれも東灘区民!)らとお会いした時にも、
「ガンバレ、期待してるよ」といった有り難いお言葉が。

 一応、コレと仕事とは一線を引いている(というか引かざるを得ない)ので、こちらからは何も言わないのだが
・・・まあ、そんな感じである。

 「知名度」そのものについては、「23人中22人」だとかいう調査結果?もあれば、
知人紹介を下さった方から「皆知ってたぞ、有名なんだな?」なんていうお言葉を頂戴したりもする。

 光栄なことっす。


 だけど。

 その「知名度」の中味は多分、「よく駅に立っている」だとか「5人も子どもがいるらしい」だとかで、まだまだ断片的なものに過ぎないのだろう。

 ただのホルスタイン系主婦だとか、生意気な女だとか、地元代議士の御輿に乗った存在だかのイメージがあるなら、それはそれでくつがえして行かなければならず。

 10日の「勝手応援団決起大会」は是非ともそういう会にしたい。

 一応、7万世帯にチラシ配布はしたものの、一体、何人の方が集まって下さることになるのかは皆目見当がつかない。

 (リスキーなことするよな:笑)

 だけど、10人なら10人なりの会になり、もし万一何100人かが集まって下されば、それはそれで前代未聞の会になる???

 まあ、昨日のワールドカップ予選だって観客はゼロだからな・・・って、違うか?

 最低限の目標は、他の活動者が何ヶ月かの期間開かれているミニ集会参加者数を、
1回にして上回ること・・・かな?

2005年6月 8日 (水)

横浜・中田宏市長(井戸夫)

 横浜の中田宏市長はまさえ&私の松下政経塾後輩で、いつもまさえ前夫の選挙(神奈川県)を手伝ってくれていた「直系」である。

 ついでに言えば、神奈川県知事の松沢成文氏は私の同期でかつルームメイト。

 ついでのついででは、横浜市副市長で保育・教育等々を担当している前田正子氏も私の同期で、いつもHPをチェックしてくれており、何かと文句を言ってくる(笑)。

 だが今や皆が皆、公務多忙な身。

 今回の活動を気遣ってはくれていても、おいそれと遠く離れた神戸まで、応援に来る時間は取れない。

 (残念残念残念)


 ・・・と思っていたら。

 事務所にはるばる、中田事務所秘書のうえがき敬祐君がひょっこり顔を出してくれた。

 うれしいぞ!

 実はうえがき君は私の高校(姫路東)の後輩。

 前回の統一地選(市会)で西宮から出馬し惜しくも涙を飲んで、今は再び横浜の中田氏のもとに戻っているのだが、
とてもとても信頼できる人物である。

 ありがとう!

 でも、せっかくなんだからさ・・・今度は連絡してから来てね(笑)。

 (最後の言葉は、K東大教授にも同じものを) 
 

2005年6月 4日 (土)

ラストスパートに向けて(井戸夫)

 昨晩は久しぶりに徹夜して、イベントで使うこの間の妻の活動ビデオを編集した。

 桜の時期からだんじり、そして梅雨シーズンまで。

 4月からという決して長い期間ではないが、いかに多くの方々が「井戸まさえ」に手を差し伸べて下さってきたかが改めて認識できた。

 感慨無量・・・である。

 当時の目標は政策ビラ10万部、街頭500回等々というものであり。
 それでうまく行かなかったら仕方ないと考えていた。

 が、いずれの目標についてもとっくにクリアすることができた。

 皆々様のお陰である。

 朝夕の駅立ちはまもなく100回になる。
 決めたことを1日たりとも休まないその根性は、わが妻ながら見上げたものだ。

 が、もっと大変なのはほぼ毎日おつきあい下さっている横畑市議やケビン氏、そしてご家族の皆さんだ。

 (ケビン氏はたまにはゆっくり休んで下さい)

 政策チラシは1日から3種類目の配布となる。
 資料関係の送付も、先週をもってほぼ終了した。

 ポストに投げ込まれていたチラシや、封筒のタックシール1枚にも、実際にはそれぞれの方々の思いが込められている。

 さて、これから活動は、いよいよラストスパートの時期を迎える。

 「5児の父」というハンデありとはいえ、日ごろの妻の活動は事務所の皆さんに頼りっきり状態。

 自分の役割となった決起大会をしっかりとこなすとともに、2週間後からは「少し早い夏休み」(これなら会社側も文句あるまい:笑)をとって、できるだけのことをするつもりでいる。

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