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2008年1月

2008年1月27日 (日)

終わった!

終わった!

高校受験。

兵庫県の場合は、今からが本番なのだが、

我が息子は県外の高校を目指していたので、受験日が早かった。

何せ、親としては始めての高校受験。

自分の頃の感覚でいたら、どうよ、全く勝手が違うことに、何度ぶっ飛んだことか。

驚きの一つは、県内はもちろん近畿圏の私学試験日が同一日に設定されていることである。

つまり、近畿圏に住んでいる中学3年生は、実質私学は1校しか受けられない。

また、受験の段階でに「単願」「専願」と「併願」を明記することや、

受ける高校を決める場合に、受験前に中学校と高校の間で「打診」?のようなものを行い、基本的には学校側から「OK」が出た場合のみ、受験が可能になる。

高校の競争率が、限りなく1に近いのは、人気がないわけではなく、受ける段階で需給バランスが調整されている結果なのである。

事情通によれば、少子化対策で生徒を確実に確保したい高校側と、不合格者を出したくない中学校の思惑の一致らしいのだが、たまたま文教常任委員会の視察時に県の担当者に聞くと、やはりその辺は「グレー」で、例えば宮城県等では県が通知を出して、受験日を統一すること等、カルテル?や談合?と誤解されることがないよう指導していることを教えてくれた。

確かに、我が家でも一度検討をした仙台での高校受験の場合、少なくとも私学は2校以上受験可能であった。(ワタクシが高校受験をしたころと、基本的にはシステムは変わっていなかった)

また関東圏のある県では、「中学」と「高校」の事前接触は厳禁で、その代わり、親が事前相談を行い、学校の内申書ではなく、全県一斉業者テストの成績を見せて、成績を担保。

(今の内申書のつけたかは、例えばテストで平均点をとっても、「ワークブック」の提出や、普段の学習態度が加味されるため、実際のその子の教科能力を正確に反映したものでないこともママあるため、業者テストの結果の方がより現状を把握するにはよい資料になるそう)

また特筆すべきは「推薦書」を「塾」にもらう、というのが慣例、だそう。

ところ違えば、であるが、

「内申書はね~、3年生の2学期だけ。1年生や2年生の時は、どんなに悪くても関係ないよ~」

なーんて言葉を信じていたのだが、それは全く違うことも、出願時になって始めて気がついた。

私学は1年生からの全成績を記述するようになっているところも多く。

いずれにせよ、これだけ「高校受験」に至る道が大変だとは思わなかった!

この辺(阪神間)での中学受験熱がヒートアップするはずである。

さて、我が息子は多くのお子さんたちとは違う道を選択した。

酪農&農業である。

「酪農がやりたい」と言われたときには、「え?まじ~」だったのだが、

「できれば兵庫県以外で勉強して(兵庫県の場合農業高校に進学しても農業従事者になる人が少なく)、いつかは兵庫に戻って農業したい」って、食糧自給率16%の我が県にとっては、すんごい、ありがたい人材じゃないの~!

政治業界にいると、「食育」だとか「食の安全性」だとか、「食糧自給率」の問題だとか、誰しもが「農」と「農業」の大切さを口にするが、その実、本気で関わって何とかしたい、と思っている人はほとんどいない。

でも、ワタクシも夫も、息子が選択した道をとても誇りに思う。

しかし、応援したいが、我々家族には、表面的な知識だけしかなく。

そんなときに、いろいろ教えてくれたのは、某農学博士である。

進学する学校のことも、その後の進路のことも、また今までと違って、世界的な視野で農業を捉えなければならないことなどなど。

ドクター、ありがとー!

1月24日(木)25日(金)は文教常任委員会管内視察。

加古川東高校のスーパーサイエンス関連についてや、

昨年末にオープンしたての兵庫県立考古博物館等。

淡路島では少子化で、新たに3校が1校に「発展的統合」をされるのだが、

伝統文化やボランティア活動等、地域に根ざした教育が、引き続きがんばってほしいと思った。

しかし。

黒龍江省から帰国後、風邪に悩まされ続けており。

視察もティッシュボックス持参(涙)であった。ああ。

2008年1月16日 (水)

遅ればせながら

あけましておめでとうございます。

年末~年始は「母と子の受験合宿」。

続けざまに、9日~11日は県議会の政調会。(一年で2回、3日間ぶっ続けで各部局と政策論争する会。たぶん県会議員にとっては実力が試される最もよい機会。逆に言えば、県当局の方は質問の内容によって、各議員の能力を測ることができるのであーる)

12日からは、ぬわんと、突然、「ハルピン」@黒龍江省in中国。

いやはや、驚いた!

中国の地方都市の発展ぶりは、ワタクシの予想をはるかに超え、

いつまでも「故郷@魯迅」の楊おばさんのイメージを捨て切れていない思考を切り替えないと、我が子たちの未来は築けないとつくづく。

そして、今回は大阪府庁関係各位とご一緒させていただいたのだが、観光行政に関しては、一歩も二歩も先を行かれております。

夫にもよく指摘されるが、「3周遅れ」の議論をしていることを自覚しないと効果的な施策は打てないね。

北京在住の崔ちゃんとも、1年半ぶりの再会。中国インサイド情報を相変わらず完璧な日本語で解説してくれる。偶然にも産経新聞北京支局に赴任している後輩のやいちゃんと知り合いになったということであった。(やいちゃんが赴任してから産経新聞の中国報道はすばらしい、と週刊新潮に書かれていた!がんばってるね!!)

帰国するとやいちゃんからの年賀状が届いていて、びっくり。縁、あるね。

ま、飲酒はほどほどに。崔ちゃんもやいちゃんも!

黒龍江省、ハルピン市の観光関係者の皆様にも感謝。

中国3000年の歴史が産むエリート官僚たちのタフさ。地方政府でこれだもんなあ。オソロしや、である。

氷雪祭り、-30℃での寒中水泳。インパクトが強いことばかりだったが、

特に731部隊、安重根記念館をみることが出来て、勉強になった。

20数年前、同じような劇寒の2月に訪れたアウシュビッツを思い出した。

明日は震災13年関連行事。

明後日は常任委員会。

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