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2014年7月

2014年7月29日 (火)

「義父の精子で118人誕生」から見えてくる最高裁判決の大矛盾

「義父の精子で118人誕生」

この記事を見た時に、ギョッとする女性は多いのではないか。
(数字等の部分がとてもわかりにくい記事ですが)
一方で、姉妹から卵子提供を受けて出産と言ったら、生理的拒否反応のレベルは格段に下がる人は多いだろうし、むしろ理解する女性が多いような気がする。この辺は別途考察が必要である。


さて、記事に戻る。
例えば私が義父の精子提供を受けて妊娠・出産した子に対して夫の子と思うかなあ、と思ったら、多分違う。やっぱり「父」は義父だろうと意識してしまうと思う。
夫と「夫の兄弟」でもある子どもを育てる。
子どもは将来、そのことを知っても、「真実の父」である義父には認知も請求出来ない。
この場合、「医療行為」を行っているため、夫の子でないことは外観的にはっきりしているので、今回の最高裁判決で言えば「推定の及ばない子」となってしかるべきである。
なにせ、夫婦が「生きた婚姻」をしていたとしていても「収監」等で、子どもが生物学的に夫の子であり得ない時には「推定の及ばない子」とするとはっきり書いているから。今までの運用もそうなっている。
が、昨年12月には全く逆の判決を出している。つまり精子提供で生まれた子と外観上わかっても「夫の子」とする、という。
これはDNAの話ではない。見ているのはあくまで
「妊娠の可能性」なのだ。
判決の中で一方は排除しつつ、一方ではそれは問題ではない、という。
本来ならば「『収監』や『海外渡航』等の事情があっても、懐胎時に平和な家庭が気づかれていた場合については嫡出推定が及ぶ」としないといけない。
しかし、そうした判断をしてしまったら、今までずっとそれで来ているから大混乱が起こる。
最高裁の苦渋の判断はこうした「大矛盾」を抱え込むことになったのだ。
しかし、あらためて思う。こんな適当でいいのか、親子関係!!と。

2014年7月27日 (日)

出生届を出しただけでは「父」は確定されない

以前、法務省から説明を受けた時、最高に衝撃的だったのは、
父子関係はあくまで「推定」されているだけで「仮」。
つまり「日本人にとって法律上の『父』は出生届を出しただけでは確定されておらず、真実の父に関する訴訟が起これば、それによっていつでも変わり得る、テンポラリーなものである」と、言われた時であった。
民法772条は「推定規定」だから、確かにそうなんだけど、自分の父親が「仮」って知っている日本人はどのぐらいいるであろうか?

最高裁判決文を何度も、何度も読み返しつつ、これって「嫡出否認」自体についてももしかしたら狭めるずごい中身になっているのではないか、と思った。
現実的には「嫡出否認」は事実上の離婚後の懐胎が明らかである「推定の及ばない子」に対しても行われていて、
また「生きた婚姻」期間中の懐胎であっても、子の出生を知ってから1年間は夫側だけには「子の父ではないと」主張する機会が与えられ、その立証にはDNA鑑定が使われている(笑)
懐胎当時「生きていた婚姻」に対して、親子関係不存在確認訴訟を認めないとするならば、そもそも「嫡出否認」もしちゃだめだよね。
今まで通りにやったら、法の平等性に欠けるでしょ、これ。
ってことで、いよいよ、わからなくなる(笑)
早く立法措置しないと。

そのための国民的議論をしなければ。
でないと、みーーんな、明日「父」が「父でなくなる」、つまりは身分関係が非常に不安定なまま生きることになるのだ。多くの人は気づいていないけどね。

「政務活動費」領収書から、違う問題が見えてくる

あるところから「政務活動費報告書」の見方についての講師を、というお声をいただいた。

この際だから、政務活動費だけでなく、政治業界での不思議なお金の回り方についても含めてレクチャーしようと思う。

講義の時にはいくつか例えを出したい。

例えば、まだ兵庫県議会議員時代、普段はあまり仲良くない議員から声を掛けられた。

「後援会報の郵送で、良い話があるんだけど」

聞けば、障害者団体がその発送を一括して請け負い、返送等の場合もその団体に届くようになっていて便利。しかも値段が普通郵便より格段に安い、とのこと。

「え?でもそんなことって、違法じゃないの?」ワタクシが問うと

「大丈夫、大丈夫。問題ないから」(byA議員)

「うーん。せっかくのお話だけど、私はいいや」

丁重に?お断りした。

しばらくして、またまた普段は親しくない別のB議員が「相談がある」と言って来た。

「Aさんから郵便を安くしてくれるという障害者の団体を紹介してくれる言われたのだけど、どうかなあ?」

勿論即答した。「ワタクシは断りました」

「ええええ。やっぱりダメ?ああ、どうしよう。契約しちゃった」

B議員はとりあえず、今回のみにして次回からはやめる、と言っていたが、その代金はもちろん政務活動費からの出費と思われる。

そして、程なく例の障害者の郵便不正事件が起こった。

A議員もB議員もその後その話はしなくなった。

領収書を見れば、こうした「その先の違う問題」も見えてくる、のである。

親子関係に関する最高裁小法廷判決文を読んで

朝、改めて、先般7月17日に出た親子関係に関する最高裁小法廷判決文をじっくり読む。
この判決については思うところがたくさんある。そもそも不備・不足がある法律で、子どもの利益もそれぞれである3つの裁判判決を同時に出すことについては大きな違和感があることは以前にも書いた。
しかし、民法第772条の例外としての「推定の及ばない子」を明確に規定していて、ここまではっきりと裁判所として立場を断言したことについては評価をされてもいいのではないか、と思った。実は多くの無戸籍児案件については場合によっては後押しになる可能性もある、画期的な内容だ。
報道を見て、無戸籍関係者の多くの人々が不安になっていると思うのだが、少なくとも今までのことが厳しくなる、といった記述にはなっていない。
怖いのは報道しか見ていない裁判所の裁判官が、勝手な解釈で「全てダメ」としてしまうことだ。

報道は皆、DNAか否か、というところがクローズアップされているのだが、実はこの判決の焦点は
「懐胎時に婚姻が生きていたのか、否か」

というところにある。
ぶっちゃけて言えば、それだけなのだ。

つまりこの判決文では、夫婦関係がすでに破綻し、民事上の責任を問えない状況にあれば、法的婚姻内に懐胎しても「推定の及ばない子」とする例外規定に当たる、と明確に書いてある。

いずれにせよ、補足意見にあるように民法772条の改正は早急に必要である。
その間に、誤った解釈がされ、子どもたちの人権が後退しないようしっかり見て行かねばならない。

2014年7月24日 (木)

Yahooニュースでとりあげていただきました

Yahooニュースで取り上げられ、アクセス数が国内3位だったそうです。

ありがとうございます。
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2014年7月19日 (土)

「家事ハラ」CMに思う

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本日付『東京新聞』24面「それって家事ハラ?」にコメントが掲載されています。
最近相次いで大手企業が「夫の家事分担に対する妻の『ハラスメント発言(家事ハラ)』」や「太古の昔からお母さんたちはご飯を作って来た」といったような性的役割分業を強調するかのようなCMを流し、批判を浴びていることに対しての感想です。
ワタクシは掲載分以外、以下の点を指摘しました。
①家族関連CMの歴史的分岐点 「夢」(快)から「リアル」(不快)へ
CMとは「夢」を売ってなんぼ。つまり例えばハウスメーカーのCMは「あり得ないような理想家族」のイメージを表現することで「家を建てたらあんな幸せ家族になれるかも〜」と付加価値も見せることで購買意欲を刺激して来た。
しかし、今回の旭化成のCMに「夢」がない。あるのは「不平/不満/愚痴」である。

設定されたのは妻たちから発せられる些細な言葉に傷つく「家を買うことができる安定収入のある(が、妻の収入にも頼らねばならない?)」夫たち。

仕事に加え、家事育児をちゃっちゃとやる妻たちに比べ、そこで見せつけられるのは夫たちの「圧倒的なふがいなさ」である。

「とりあえず、家を確保しておかないと、この人と一緒にやっていけなくなったとき困るわ」もしくは「夫の家事能力よりも機能性の良い家を持つ方がよっぽど助かる」的な、ある意味「危機感」をあおって購買力を刺激する、という戦略なのだろうか。


そうでもしないと、誰から見てもこの「夢のない」「絶望的」なCMを打つ意味が見出せないのだ。


今や我が国では誰も「夢」を見なくなり、それでは動かなくなって来ているのかもしれない。


②「お弁当」は批判しにくい


味の素のCM。「「毎日毎日ごはんをつくる 何十億人ものお母さんが続けて来たこと いつかは巣立って行く そう あなたの幸せを願いながら〜あなたはあなたが食べたもので出来ている。美味しさ、そして命へ」

この歌とナレーションとともに、食事作り、洗濯、買い物、保育園の送り迎え、仕事と全てをひとりでこなすお母さんの姿。お父さんは手伝いもせず、子どもたちがご飯を食べていることにも無関心で、ひたすらネットに集中している。子どもたちはそれに違和感を覚える訳でもなく、お父さんを誘う訳でもなくご飯を食べる。幼稚園ではお弁当の前でにっこりする。

「必死な母」と「鈍感な夫」と「無邪気な子どもたち」。実に「リアル」である。
ここで出来てくるのが「お弁当」というところに、注目したい。ずるいよなあ、と思う。
このCMが示す性的役割分担は、昭和50年(1975年)に放送された、訪ねてきた彼氏に彼女が即席麺を作り「私作る人、僕食べる人」というハウス食品工業のCMよりたちが悪い。
しかし、今回、批判は出てもうねりにはなっていない。それは扱われている素材が「即席麺」ではなく「お弁当」だったことに関係するのではないかと思ったりする。

極論を言う。我が国ではどんなに頑張って仕事で評価される女性も「お弁当」が作ることができなければ評価はされない。
逆に言えば「お弁当」さえ作っていれば、大抵のことは許される・・とワタクシが勝手に思っているだけだが(笑)
毎朝FBでアップされる様々なお弁当を見ながら、日本人のお弁当にかける熱量を別のことに回したら、相当なことができるのではないかと思ったりするが、そこはやはり「子育てしてますアリバイ」として必要なのである。ええ、もちろん子どもたちの健康やコミュニケーションも考えていますがね。キャラ弁でびっくりもさせたいけれども、だんだんお弁当箱は「自己表現」のキャンパスと化していくのである。
なので、「お弁当」を出されるとなんとなく批判出来なくなるのである。
にしても、このCMは気持ち悪いけれどもね(笑)
味の素のCMのその後が手に取るように見える。ある日、こんな夫と決別を決意。離婚して、彼女はシングルマザーとして子育てをする。結婚していた時と生活はほぼ変わらないか、夫がいなくなった分家事は減り、教育方針の違いで争うこともなくなり、ほっとした日々がやってくる。
ますます忙しくなる「お母さん」と子どもたちをつなげるものは「美味しさ」なのである。出汁をとる暇もない。とりあえずこれをかければうまみは出るぜ、味の素。
「リアル」だなあ。
しかし「リアル」な現実はこの側面だけではない。CM業界はどうしてその「リアル」には目を向けないのであろうか?
毎朝お弁当を作っている「お父さん」。毎週末、自分の時間を削っても子どもの野球チームのコーチにでかける「お父さん」。「パパ塾」で子どもに勉強を教える「お父さん」(笑)
「イクメン」なんちゅー言葉に惑わされ、こうした昔からずっといた「お父さん」たちの姿がマーケティングや広告業界にいる方々の思考の中から消えている、ということなのだろうか?
このことについては引き続き考えて行きたい。

2014年7月17日 (木)

DNA鑑定で父子関係は取り消さず〜最高裁判決に思う

http://news.yahoo.co.jp/pickup/6123551
最高裁判決が出た。「DNA鑑定で父子関係は取り消さず」。

裁判官5人のうち反対が2人。賛成の3人のうち、2人が補足意見を書くと言う、かなりきわどい判断だったようだ。

法改正への言及や、更には子の出自を知る権利についてまでも踏み込んだ意見を書いているそう。

立法府は、またしてもその役割を果たしていないということを、今回の決定を受けて改めて認識し、猛省しなければならないだろう。

さて、ワタクシの今回の最高裁判決についての思いは毎日放送さん『ちちんぷいぷい』で述べた通りだ。

法律の不備不足が再三指摘されている今の民法772条で、多様化する家族や、ましては子どもの利益を守ることは出来ない。

起草時の明治の時代にはそれなりに妥当性を持っていたことも(血縁がなくとも「父なし子」になるよりマシ的感覚を持った時代だった)今は全く状況が全く違う。
医学の発達にも対応しない115年前の法律で「父」が確定してしまうことに大いなる危機感を持つ。加えて、なぜ今、背景の違う事例をひとくくりにして判断を出さねばならなかったのか。

昨年末の性同一性障害の子の父を決める裁判もそうだが、法律制定時には想定をしないことが次々起こる。今後もそうであろう。
そうした時に対応出来るのであろうか。そして子を守ることができるのであろうか。

改めて思う。
子どもたちを守る、救えるのは、この「最高裁判決」によってではない。

「『抜本的な』法改正」こそが、子どもたちを救えるのだ。
それが、わかっているのに、なぜ前に進まないのだろう。進めないのだろう。

私が国会にいた時に、後ろ向きな議論しかしなかった人々の顔が浮かぶ。

まさに国会の認識不足と、不作為が「法に退けられる子」もしくは「法に翻弄される子」をまた作り出している現状を、今後も訴えて行かねばならない。

また「県議」脱法ハーブ所持容疑で逮捕・・問われる「地方議員」の資質

今度は「脱法ハーブ所持容疑」。県会議員の不祥事のバラエティの多さにため息が出る。
しかもこの議員、「前神奈川県議会議員」となっているので、現職だったのは相当前かと思うとって・・おいおい、辞職したの今月の話なのね。

つまりは「現職県会議員」で逮捕されるより、「前県会議員」の方がダメージが少ない。
本人というよりも、議会に対しても。
しかし、こういうこと自体が「不信」を招くのだと思う。
しかもまたしても41歳の「若手」。

誤解を恐れず書くが、ワタクシがこの業界に入った30年前、こうした「若者」が「地方議員」となるには、2世か誰かの秘書になるのほぼ2択しかなかった。
つまりは「地盤/看板/カバン」と言われる素地がなければ当選出来ない。
超ラッキーな生まれか、地道である種理不尽な下積みを経なければそれは培われないものだった。政治業界は参入障壁が極めて高い業界だったのだ。

が。時代は変わって現在。選挙前にその時の「風」が吹いている政党の公認や推薦をもらったり、野々村氏のように「もどき」の旗を立てて、ちょっと街頭演説すれば受かってしまう。
実際最近では選挙のセオリーのひとつが「選挙準備は短ければ短いほどいい」となっている。
ボロが出ないうちに投票日が来るから」である。

地方議員選挙の候補者公募に応募してくる人の面談を担当すると、「これだ!」という人も中にはいないではないが、正直言うと、他の業種で仕事を得ること、組織の中で継続して任務を果たすことが難しい感じの「大丈夫か〜?」と思うような人々の求職の場ともなっているのかと、愕然とすることも度々。

で、もちろんそういう方は「ご縁がなかったことで」とするんだけど、蓋をあけると他の政党の候補者となってたりする(笑)

おいおい〜。政党として責任持てるのか?と他党とはいえ心配になることシバシバ。
で、案の定そういう人は当選しても事件を起こして辞職、なんて結末になる。

ワタクシはそれまでどんな生き方をしていようと、当選したら、議員の職務を全うし、しっかり仕事をしてくれれば良いのだが、仕事を覚える場としても現在の「地方議会」は余り適さない。

ベテラン議員はそれなりに人格者も多いが、地域に予算を配分出来た時代の感覚から抜けきれず、「予算を削る」行革時代の政治課題に対しては興味・関心が低かったりする・・云々カンヌン。

今、こうしたことをまとめた文章を書いているので、発売されたらぜひ読んでくださいませ〜。
雑誌名等は発売日にまたお知らせします!

本日、毎日放送さんの『ちちんぷいぷい』に生出演します

本日、毎日放送さんの『ちちんぷいぷい』に生出演することに。
あ、兵庫県議会議員の政務活動費問題ではありません(笑)


今日は民法の親子関係のあり方に関する重要な最高裁判決の言い渡しがある日なのです。

DNA型鑑定で血縁関係がないことが明らかになった場合に法律上の父子関係を取り消せるか。
1審、2審はいずれもこの福祉を考えて取り消したが、今回は決心見直しに必要な弁論を開いているので、大方の予想ではこれを覆すのではと言われています。

結果が注目されますが、どちらにせよ、今後の嫡出推定規定に関する調停/裁判手続きにも関わってくる事案。

「日本一わかりやすく」解説をしたいと思っています。

2014年7月16日 (水)

地方議会の「視察」に市民オブザーバーを

政務活動費の問題が取沙汰されているが、 地方議会における「視察」のあり方も問われなければならないと思っている。

統計を取ったら一発でわかると思うのだが、視察先はやたら北海道や沖縄が多い。
理由は押して計るべし、であろう。
そこで提案である。
視察にオブザーバーとして公募で選ばれた市民を参加させるのである。
自費でも参加したいと言う人はいると思う。
視察先で大いびきで寝てしまう議員や、午後5時以降になるとやたら元気になる議員など、あり得ない、恥ずかしい場面に何度も遭遇したが、そういう議員は「何をやっても有権者にこの姿は伝わらない」という油断しているのである。
一方、本当に真剣に学ぼうと言う議員もいる。
その後、しっかりと質問や普段の政策作りに落とし込みをしている人もいる。
その姿を見てもらえるわけだから、拒む理由はないと思う。
どうであろうか?

2014年7月13日 (日)

滋賀県知事に三日月大造氏、当選!!

「織田信長が欲しがった所だからな。滋賀は恵まれた土地なんだ。京都や神戸にならなくともいい場所。独自の挟持を持てる」(by夫)

滋賀県知事に三日月大造さんが当選した。おめでとうございます!!
よかった!
県民の良識と挟持が武村さんから嘉田さん、そして三日月さんへと「質の高い地方政治」を継続させる力となったのだと思う。
歴史に思いを馳せながら、三日月知事の今後のご活躍に心から期待します。
選挙を支えた皆様も、お疲れさまでした☆

2014年7月11日 (金)

政務活動費問題 刑事告発へ

辞表を受理し、刑事告発。

このことには一抹の危惧がある。
というのも、政務活動費の告発等については「政治的利用」ができるということも、市民の方々に知っていて欲しいと思う。
今日の取材でも答えさせてもらったが、例えば政敵が相手候補の政務活動費の使い方に関して、住民監査請求をする。相手方は「不適切な出費をした」知事に対してなのだが、当該議員にとってはそこに名前が出ただけで、相当なダメージである。
過去において、数人の県議会議員が「HP作成費」について住民監査請求をされた。その中にワタクシも入っていた。
「HP作成費」は広報費として計上が可能で、私の場合案分をしていたから、何ら問題はないはずだった。しかし画面の記載にワタクシの後援会名が入っていたことで、「作成者は後援会だ」として監査請求の対象となった。
実はこの時のターゲットは別の議員だったと聞いた。
本当にそのHPが作成されていたかどうか自体が問題だったからだ。
だが、その当時HP自体を持っていた議員も少なく(笑)
後援会や政党のマークを入れていた人々は皆対象となった。
「住民監査請求」の場合、 訴えられるのは知事だ。
だが対象となった議員たちもともに弁護士を立てて自分たちの正当性を立証しようということになった。
そこでかかった費用はひとり60万円弱だったと思う(泣)
1万8千円の政務調査費の使い方の正しさを立証するために60万円とは、とほほである。
「こんな面倒になるなら、差し替えか返した方がいいのでは?」との思いも一瞬よぎった。そんなことを口にすると「それは絶対にダメ。ここで勝訴しないと、また次にも同じことが起こる 。きっちりと判決を取りましょう」と弁護士の県会議員に説得された。
もちろん裁判費用は自腹。勝訴してもそれは戻って来ない。
その時に思った。 これは「政治的悪用」が可能であるな、と。
政敵をつぶそうと思ったら、監査請求他、裁判を起こせば、その議員に対しては名実共にダメージを与えることができる。
そうした場合、訴える側の目的は裁判の勝敗は関係ないから、余計やっかいである。
もちろんそんなケースは希有に違いない。でも、できる、のである。そこは押さえておかねばならない。http://www.yomiuri.co.jp/national/20140711-OYT1T50109.html?from=ytop_main1
なので、案件ごと(時に言いがかりのようなケースも出てくるかもしれない)しっかり吟味しなければならない。
さて、今回の刑事告訴。 もしかすると、野々村議員だけでなく今後広がる可能性もあるだろう。
兵庫県議会も大きな試練を迎えている。

政務調査費についての誤解

今日、取材を受けながら感じたひとつは、

市民の皆さんには、議員の政務活動は全て「政務活動費」でまかなっている、との誤解があるかも?ということだった。

「政務活動費の手引」には議員としての活動と、政治活動や私的活動の区分が難しいものについては「案分」するよう規定されている。
例えば人件費や事務所費は2分の1。携帯等の私的に使われるかもしれないものについては4分の1と言うふうに。
全額を申請する案件はそんなに多くない。
つまり政務活動費を真面目に使っている議員はそれと同様程度の自己資金を活動に費やしている、ということなのだ。
真面目に活動すればするほど、自腹で払う部分は大きくなる。
政務活動費は年間600万円。
同じ、もしくはそれ以上の額を歳費から政務政治活動等に使っていたのだなあと言うことを、本日久しぶりに自分の記録を見てしみじみ確認してしまった。
そうかんがえると、議員報酬って20代で勤めていた頃とさして変わらなかったんだよね。あくまで私の場合だが。

議長のリーダーシップ

今日、政務活動費についての取材を受けていて、
「例えば、議会改革について、議長のリーダーシップを期待することはできませんかね〜?」と聞かれた。


兵庫県議会の場合、議長は慣例によって1年ごとに交代。
ホントの任期はその期と同じ、つまり4年あるのだが、
毎年6月の人事議会で

「◎◎君から、一身上の都合により議長の職を辞したいとの申し出があり」(ここで一同笑い)

というのが毎年繰り返され、順送りで次々「議長」が量産される。
そのような状況では「改革へのリーダーシップ」はなかなか期待出来ない。

しかし、議会に「人格者」はいた、し、今もきっといるであろう。
ワタクシがいたころの長田議長などは、政党も違ったけれども、とてもフェアで穏やかで、心から尊敬出来た。

そうした本当に議員全体から信頼され、尊敬される人が一定期間議長に留まり、改革を実行しながら若手を育て、ベテランの力も発揮出来る環境を整えるよう尽力できる環境を整えることが必要なのだと思う。

議長が1年ごとに交代、というのは「ちょっと長く続けていれば、与党なら誰でも議長になれる」ということだ。
こうした人事も改革のポイントだと思う。

2014年7月10日 (木)

兵庫県議会議員10名も切手大量購入

また、出た。
切手2万枚分144万円。
購入の日付<平成25年3月21日>が示唆的である。
政務活動費は年度の締め切りが3月31日だからそれまでに使い切らないと返還することになる。
「残っていた分を切手で購入して後に現金化」ということを考える議員がいるかもしれない。
いずれにせよ、県議会議員で2万通の郵送をかけるというのもすごい。やった人ならわかると思うが、発送作業には相当な手間がかかる。
兵庫県会議員の当選に必要な得票は1万〜多くても2万5千票だから、通常、そこまでの数、郵送をかけるということはしない。広く周知を計りたい場合はポスティングにする。
流用の疑いをかけられた議員は、自ら情報公開して、本当に郵送したことを示せば良いのだと思う。
名簿と履歴、印刷の明細(ビラだけでなく、封筒も必要だ)を見せればよいのだ。それで簡単に郵送したことは証明出来る。
それは政務活動費を使う上での「説明責任」である。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140710-00000036-san-l28

2014年7月 9日 (水)

ミポリンの離婚に思ふ。

「本日、離婚届けにサインをし、提出いたしました。今後は息子とふたりで生きていくことになります。ぼくと生きたいと望んでくれた息子の気持ちにこたえられるよう、父親としても頑張りたいと思います」(辻仁成のブログより)

ワタクシ的に違和感があるのは「ぼくと生きたいと望んでくれた息子」のくだりだ。
お子さんは10歳と聞く。友だちもいる、言葉や文化の問題もある。どちらかの親と生きるかを選択したつもりはたぶん本人にはないのではないか。
もしくは「パパを選ぶ?それともママ?」と問うたのだろうか?
そうであれば、つらい。
答えなければならない子どものダメージはいかばかりか。
いずれにせよ、子どもが「ぼくといきたいと望んでくれた」と、殊更そこを強調して書かなければならないところに、この結婚生活は双方にとって大変なものだった、ということがわかる。
お疲れ、ミポリン。
そして、新たな旅立ち、おめでとう!!
幸せになろうね〜☆

続・政務活動費問題

先日のブログで一部の議員たちが行っていた(いるであろう)「切手の購入」について書いた。珍しいことではない、とも。
すると、郵便局にお勤めだった方からは「一旦切手を購入し領収書をもらうった上で、別の日に市内特別郵便等の支払い時切手で払いまた領収書をもらうという事例が過去にはよくあった」とのご指摘もあった。つまり、領収書を二重計上をしているのだ。
よくもそうしたことを思いつくなあと驚くばかりだ。
ただ、議員同士やこうした行状を見聞きしている人が「ちょっと違うでしょ」とその場で問いただせるような環境にはない。
政務調査費の提出は個別ごとで、議員同士が互いにそれを見ることは基本的にないからだ。最終的にどう処理をしたかは、それぞれの報告書を見なくては確認出来ない。
この報告書の原本は過去にさかのぼって5年分については会派で保管されている決まりだったのだが、実はワタクシが兵庫県議会議員だった当時に「この議員の報告はおかしいんちゃうん?」と思ったときに見ようとして、保管場所に行ったらその議員の報告書はきれいさっぱりなかった。ファイルごと。
たぶん、「やましい」思いがあったのだろう。自分で持って帰ったのだと思う。
しかし、そこから「持って来てくださいよ!」とはなかなか言えない。
「まあ、そこまで言うなよ」というのが、全体の雰囲気だった。
ちなみにこうしたことを指摘する議員は「融通がきかない」「原理主義者」と疎ましく思われて、さまざまなる嫌がらせを受ける。陰湿な業界内いじめを受ける。業界内には救済機関もなく、私も様々なる人に相談したけれども「みんな多かれ少なかれある。我慢しろ」「次の公認に差し支える」「嫌がらせを受ける方にも問題がある」・・まさに「いじめ問題」が起こる時と同じ構造がある。
以前、都議のヤジ問題の折に「黙る」政治家がいる、ということについて書いた。
政務活動費についても同じ現象が起こっているような気がする。この業界内では「無言の圧力」があるのである。
もしくは最初は違和感を持っていた議員たちも、時間が経つにつれて知らず知らずのうちにそこにはまり込んで行っているのかもしれないが。
「このままここにいたら、いつか自分の感覚も麻痺してダメになる」
最も優秀だった同僚は、次の選挙に立候補しなかった。
私は兵庫県議会議員であったことを心から誇りに思って政治活動をしている。
衆議院議員としての活動も、その経験があったからこそ出来たことはたくさんある。尊敬出来る先輩議員とともに議会活動が出来たことも嬉しく思っている。
でも一方で緩もうと思ったらとことん緩める、そしてそれに甘んじている議員も少なからずいる、というのもまた事実なのである。
地方議会はほぼ年間の登庁日が決まっていて、その他の日の過ごし方は議員にまかされている。
議会日程がない日も本当に一生懸命がんばる人も入るし、何もせずに過ごす人もいる。中には議員をしながら選挙区からはかなり遠隔地の他府県の医学部に通った人もいるらしい。いいとか悪いとかの評価の問題ではなく、それが出来てしまうのである。
「議員」とはなんなのか。「仕事」はどう評価されるのか。
政務活動費の問題は単にお金の問題だけでなく議員や議会が抱えるさまざまな問題をあぶり出す。
そこから出ている「視察」についても、疑問を持った。
「なるべく遠い所」的な感覚で視察地が決められたり、視察地での飲食についての会計処理等にも文句をいう議員がいて、ほとほと疲れた。また折を見てこれについても書きたいと思う。
さて、野々村議員は辞職の方向という。内容に対して説明ができない以上、当然である。しかしこの問題を彼の辞職だけで終わらせてはならないと思う。
議会の品格や他の一生懸命にがんばっている議員に対する信用まで揺らがすこととなったが、結果的にはある意味私たちには出来なかったことを問題提起するきっかけともなっている。
がんばっている議員にとっては、注目度が集まる中で、自らの活動を報告出来ることは逆に周知をするチャンスかもしれない。
そして、もし、不正を疑うようなことを見聞きしているのあれば、それも含めて検証をして行く作業をしよう。
いじめられたら、ともに慰め合いましょう(笑)

2014年7月 8日 (火)

圧倒的貧困と絶望的暴力のはざまで〜明らかになる無戸籍者の実情

先日、50歳を越えた無戸籍者の方からご相談をいただいた。

父母が亡くなり、自分に戸籍がない理由などももはやわからないという。
生き延びて来た過去のことは、つらすぎて話せない。
圧倒的貧困と、絶望的暴力の狭間で、子どもたちはおびえながら大人になっていく。そして人生を終えていくのだ。 こういう人たちが1万人とも2万人とも、それ以上とも言われる我が国。 弱者のまたその下にいる人々に、政治が寄リ添えずにいる。もどかしい。 私は自分の子どもが無戸籍になるまで「差別」とは「偏見」とはどんなことを意味するのかを本当にはわかっていなかった。 もはや今の状態は「黙殺」に近いのだと、彼らの息づかいをきいていて思う。
一日も早く全面解決できるよう、政府は舵を切るべきである。

朝日新聞記事より 親に隠された私 戸籍なく17年 字が書けず、やりたいこと「ない」

http://digital.asahi.com/articles/DA3S11229498.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11229498

朝日新聞中塚記者の渾身の記事です。
国はいつまで無戸籍の問題を放置するのでしょうか。
「生後、親に隠され戸籍がなく、学校に通えず、社会から存在を認知されないまま育った子どもたちが日本にいる。どこに、どれほどいるのか、誰も知らない」
772条により無戸籍になった子どもたちの親は、なんとか戸籍を取ろうとするが、あまりにも負担が大きく、途中で挫折をするケースもある。
問題を認識しても実父は何も出来ない。
こうした理不尽をあぶり出した、良い記事。
これが、我が国の、現実なのです。

2014年7月 7日 (月)

『夫夫円満』〜7月11日米国在大阪・神戸総領事夫夫の本が発売されます!

http://www.amazon.co.jp/夫夫円満-パトリック-ジョセフ-リネハン/dp/4492223460/ref=sr_1_3?s=books&ie=UTF8&qid=1404731485&sr=1-3

私がプロデュースした(ほんの一部の翻訳も・・笑)本が7月11日発売になります☆
『夫夫円満』(パトリック・ジョセフ・リネハン&エマーソン・カネグスケ著 東洋経済新報社)
アマゾンでも予約が出来るようになりました。
内容は以下です。ぜひご一読を!!
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2011年8月、在大阪・神戸アメリカ総領事館に着任したパトリック・リネハン総領事は
日本語、韓国語、フィンランド語などを自在に操る、とても知的な男性。
ただ、ほかの外交官たちとちょっと違っていたのは、彼には「夫」がいたことでした。

日本は同性婚を認めていないLGBT後進国。でもリネハン総領事の夫、エマーソン・カネグスケ氏は、
日本政府が外交官の同性婚のパートナーに対して、外交ビザを発給した初めてのケースとなりました。

2人は幼いころから周囲との「違い」を受け入れてもらうことが難しく、
もがき苦しみながらも、しかし勇気をもって自分らしい生活をつかみとってきました。
その2人が、これまでの人生と日本での体験について感動的な文章でつづります。

彼らの生き方は、彼らに接した人たちに勇気を与えます。
この本を読んだ人たちにも、その勇気はきっと届くに違いありません。

本書は、著者2人が英語とポルトガル語で書き下ろした原稿を、
LGBTの社会認知を応援する人々が参加して、日本語の読み物にまとめた完全なる日本オリジナルの書籍です。
LGBT問題に直面している方々はもちろん、LGBTに関心のない方、心理的な距離のある方にもぜひ読んで欲しいと思います。
誰もが持っている「違い」をみんなが素直に受け入れることのできるようになれば、社会はもっと輝きに満ちたものになるでしょうから。
それが著者たちの心からの願いです。


2014年7月 5日 (土)

政務活動費と「切手」

兵庫県議、切手購入//。 うわあ、出た〜!「切手」!!

この業界で大量の「切手購入」をする場合、もちろん郵便物の郵送に使う人もいるにはいるが、当然ながら量が多い場合は手間と料金を考えて「市内特別」「料金別納・後納」にする。今時切手を買うというのは、なんらか他の意図があると業界的には見る。
そう。ご想像の通り、その後それを金券ショップで売り現金化し、政務活動費をちょろまかす・・ということが、容易に想像出来るのだ。
この県議の場合、一枚一枚貼っていたのかもしれないので、良くはわからないけれども、
他の例を見聞きするに、 印刷物すら「架空の領収書」を懇意にしている印刷所から出してもらう、なんてことがあったりして、選挙の時のポスターの公費助成とも絡んで、諸々疑わしいというケースは少なくないのだ。
せこいよね〜、ホント。
いずれにせよ、「切手」の購入の仕方はその議員の政務活動費を見るポイントのひとつなのだ。

2014年7月 4日 (金)

本日 J-WAVE JAM The Worldに出演します

本日、午後8時20分〜(予定)J-WAVE JAM The Worldに電話出演します。
ナビゲーターは堀潤さんです。
兵庫県議会議員の号泣会見で注目を浴びた政務活動費に関してお話しします☆

2014年7月 3日 (木)

兵庫県議会政務活動費問題も都議会ヤジ問題も全てはつながっている

ワタクシが兵庫県議会にいた時、議会があるたびに、登壇する議員それぞれの質問を聞いてポイントをつけていました。
で、議会が終わったあと、政務調査費の一部を使わせていただき全戸配布をしていた県政リポートの中に、解説とともに「良かった質問ランキング」を公表していました。
ある時は自民党の方、ある時は共産党の方。所属会派は関係なく純粋に質問内容と、知事の答弁をどう引き出すか、というところに焦点を当ててみていました。
これが意外に好評で、なんと尼崎市民の方や淡路市民の方等選挙区以外からも「ありがとうございます!」と言われたことがありました。(職場に持って行って回覧してくださったり、実家に持って帰ってくださったりしていたのだ〜!!感激でした!!)
有権者はそういう情報を求めているんだと感じた瞬間でもありました。
しかし、こうしてがんばっている議員はいるものの、そうでない議員も多く・・。
今回、取沙汰されている「政務活動費」のみならず、セクハラヤジ等は全てつながっている問題です。
たとえば、セクハラヤジの温床、きっかけになっている「管内/管外視察」の後の宴会や「海外視察」の支出のあり方等(いや〜、ホント、担当者になった時、ブチ切れました!!)も、メスを入れなくてはならないと思います。
それとせっかくなので全ての兵庫県議会議員の政務調査費を比較検討したらいいと思うのです。それとアウトプットがどうつながっているのか。
どこかで企画でやってくださったら、ワタクシ、いくらでも協力しますぜい。(消される危険性ありだけど・・笑)

2014年7月 2日 (水)

兵庫県議会議員の不祥事はなぜ起こるのか

我が元職場、兵庫県議会−−
「女性は金で買うもの」などと発言し、同僚女性県議に「1万円でどうや」と言いながら抱きついた県議も、
「行政がホモの指導をする必要があるのか」とLGBTに対して差別的言動をした県議も、
お祭りで堂々と名入れの差し入れをした県議も、
↓政務調査費で豊岡市や福岡市など遠方を日帰りで一年に195回訪問したとして、政務活動費約300万円を支出していた(領収書なしで!)この県議も、オトガメナシ。
なぜだか、わかりますか? 理由はご想像の通りです。

こうした件については、党派等は関係なく、個人の問題。
しかし、つくづく変わっていないのだなと残念な思いです。
これに限らず、業界の古い因習に若手すら絡めとられて行くような場面は度々見受けられます。(ヤジ問題もそのひとつです)
そして良識派の方々の思いや行動は時に空回り、逆にさまざまな形でのプレッシャーとなってその方々を直撃、指摘をすると逆ギレされる、ということもあるや、なので、皆「沈黙」を選ばざるを得なくなるのです。
兵庫県の政務調査費については、県民の付託に答えるためにも「公正で正確な検証」を望みます。

2014年7月 1日 (火)

集団的自衛権と政治家のスケール

「集団的自衛権を憲法解釈で変更することで容認する」〜あり得ない暴挙である。

「どうせ国民はすぐ忘れるから」「選挙で大負けはしないでしょ」
国民も野党も甘く見られているのである。
これに対し「まっとうな政治」を求める国民の声を結集するためにはどうしたらよいのであろうか。
私にはその答えが「野党連合」であるとは到底思えない。
鳩山さん・菅さんが「民主党」を立ち上げたのは彼らが50歳のときだ。
橋本さんとて、もっとずっと若くて、ひとりで動いた。
いろいろ批判はあろうが、それでも彼らはそれまでとは違う「スケール」で日本の政治を動かし、世論を作って行った。
そう考えると、自分も含めいかに今の政治家の動きが小っちゃいかな、とも思う。
まっとうなことをまっとうにやる「小気味の良い政治」をしたい。
そのためには「人頼み」ではいけない。
ニュースを聞きながら、諸々思う朝である。

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