« 2014年9月 | トップページ | 2014年11月 »

2014年10月

2014年10月28日 (火)

「暴言」を吐く人々に見る「共通の文法」

http://www.bengo4.com/topics/2190/

ある大学病院の救急センターに勤務するドクターが
橋下市長VS桜井在特会会長のバトルを見て面白い分析をなさっています。
在特会会長は、
☆自分からの発言は少ない
☆相手の揚げ足取りに終始する
☆相手の立場を攻撃する
その上で、何が興味深いかというと、 ERで夜中に暴れる方々は判で押したように同じような態度をとるのだそう。
☆「お前から言わんかい!」
☆「今、そういったやろ!」
☆「お前それでも医者かい!」
内容ではなくて、ただ言葉尻の捉え合戦での優勢にこだわる人々が放つ「暴言」には総じて標準化された「共通の文法」がある、という趣旨のご指摘に、久しぶりにバシバシと膝を打ちました。
政治家に対して絡んでくる人も同じ傾向があるよね(笑)

政治資金違反事件歴伝

「ロッキード事件」や「リクルート事件」ほどの社会的インパクトを持たないものの、微に入り細に入り、業界人にとってはメルクマールとなる「政治資金違反事件歴伝」がある。
観劇会を行ったこともなく、うちわやカレンダーも刷ろうとさえ思ったことがないワタクシがなぜそうした「手口」?に詳しいかと言えば、
他の陣営の皆様があれこれやらかしてくれていたからである。
ワタクシなんぞに思いもよらない発想で法の網をくぐり抜け、多少のリスクを冒してでも勝利をつかもうという執念には「かなわないな」と思うこともしばしば・・。
しかし「さもありなん」なのである。
何しろ選挙は「戦(いくさ)」なのだから。
勝たなければ「政治生命」が断たれる。
逆に言えば、「勝てば官軍」、多くのことが許されてきたこともまた事実なのである。
「出馬表明」「出陣式」他、今も選挙用語には戦国時代かと見紛うような言葉が生きている。
「女性刺客」なんて言葉もあったよね(笑)
日々是戦場。
そんな世界に身を置いて、今年で30年になる。
頭の中にあったそのあれこれを整理しながら言語化への作業を進めて行きたい。

「代ゼミ」が果たした地域情報格差是正というミッション

先日、高校時代の友人たちと会った時に、「代ゼミ」の話になった。
仙台に本格的な「東京文化」が持ち込まれたのは「代ゼミ」によってである、と思う。
開校は「東北新幹線が全面開通する以前」であったことは意義深い。
当時の東北新幹線の終着点「大宮」だった。「大宮」はもちろん「東京」ではない(笑)
「東京」までのあと少しの距離を縮めるために、「代ゼミ」が仙台で果たした役割は単なる「予備校」の位置づけよりもずっと大きいものがある。
そう考えると、1980年代中盤に起こった「代ゼミ」や「河合塾」等予備校の全国進出は、大学受験業界において『蛍雪時代』の購読だけではカバー仕切れなくなっていた「受験テクニック」他に関する地理的情報格差を是正し、全国津々浦々の受験生に平等な教育機会を行き渡らせるというミッションも持っていたのだ。
さて、その「代ゼミ仙台校」の自習室で、ワタクシは毎日カリカリと英単語を「書いて覚える」という作業をしていた。「毎日ボールペンを一本使い切る」が自分に課したノルマだった。
「勤勉」の先にワタクシが見たかったものは重ねて言うが「東京」である。
それは「自由」への扉そのものだったのである。多くの受験生にとっても同じだったのではないか、と思う。
期間限定、1年だけの「勤勉」であったが、あの「生真面目さ」が今も自分を支えているな、と思う時がある。
「代ゼミ」が仙台に来なかったら、ワタクシの人生は全く別の展開をしていたに違いない。
さて。
その「代ゼミ仙台校」も閉校だ。
そろそろ。ワタクシも次なる「勤勉」をせねばならない時期でかもしれない。
11月はシンポジウムと勉強会、12月はいくつか大学での講義が続くが、ここ数ヶ月の忙しさに比べれば、断然楽になる・・はずである。
久々に集中して自分のために時間を使おう。
今後ワタクシが必要とするであろう「自由」への扉を開けるために。

2014年10月24日 (金)

無戸籍実態調査〜自治体の回答率が1割という衝撃!

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2331195.html

無戸籍に関する法務省の調査の甘さについては先にも書いたが、
調査に対して答えた地方自治体はなんと全体の1割だけだった。
つまり自治体の9割が未回答・・これでどうやって「実態」を把握するのだろう??
戸籍を所轄するのは法務省で、自治体は法定受託事務として戸籍実務を行っている訳なのだが、法務省と地方自治体の信頼関係を見るような気がする。
いずれにせよ手法変えないと実態調査なんて絶対出来ない。
最高齢が76歳というのも、いやはや、びっくり。
いずれにせよ、この数は実態を表しているものでもなく、「氷山の一角」であることを証明しているとも言えよう。

我が国に置ける「調査能力」の実態・・

本日発表された無戸籍者についての実態調査の第二次発表の数字を見ながら、この問題云々もさることながら、我が国の「調査能力」のなさに唖然とする。

外交や安全保障他、本当に大丈夫なのかと心配になる・・。
集団的自衛権とか秘密保護法とか議論する前提としてのインテリジェンスの部分は、思っているよりずーーーーーっと稚拙で脆弱なような。
「同盟」結ぶ国にもリスクありますわな。
・・だから「秘密保護法」って言われても、いや、まずは、大前提としての国家機能を足許から見直さないとダメなんちゃうの??
・・ってくらいひどいわさ。
ガルエージェンシーに頼んだ方が、よっぽど正確なものが出てきそうだわ(笑)

’ステルス貴族院議員’の廃止〜「平成」を掲げた父と「昭和の政治文化」を終わらせる娘に見る因縁

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141023-00000005-mai-soci
昨日のニュースだが。

<小渕氏>売却旧宅に表札 家賃払わず母居住(毎日新聞)
を読み、本当にがっかりする。

一般の人にはできない「ずる」が、

ある特定の人々の間では「あたりまえ」としてまかり通る。
そうした「特権」を得ていることに疑問を持っていない人々、
本当はフェイクなガードに守られて学歴や職歴他あらゆる富を得て来た人々が、「格差の是正」を言うのはちゃんちゃらおかしいのだ。

昭和22年、法の下の平等を定めた日本国憲法施行とともに、貴族院と華族制度は廃止されたもののいや、実は、この国には実質「華族」がいまだに存在し、国会議員の中にはステルス「貴族院議員」がいるのだ。
もちろん、いわずもがな総理も、宮沢経産大臣もね(笑)

私たちが大学生だった80年代後半まで、いたるところで「華族制度」の名残は文化としてあちこちに残っていたと思う。
例えば、当時、就職活動をしようと思ったら「女子学生は下宿生不可」という企業が少なからずあった。
東京に家があって自宅通勤が可能でなければ、そもそも入社試験が受けられないのだ。
一流と言われる企業の多くは、こうして「お嬢様」を入社させ、2、3年もすれば社員と結婚し寿退社、というレールが、入社前に既にしかれていたのである。
「本人の能力」ではなく「東京に家がある、なし」で得られる機会が違うことに愕然とした。
私は下宿生だったし、そんなことも関係なく、当時としては珍しく「中途採用」をしていた東洋経済新報社に入社したのだが、同じように転職してきた同期と就職活動の話になった。
彼女は大手証券会社から来たのだが、その証券会社では内定の時に
「はーい、一般の試験の方はこっちに。コネの人はこっちに」と分けられて、あまりの無邪気な露骨ぶりに笑えて来た、と言っていた。

そこから四半世紀。
「男女機会均等法」等が出来てこうした差別は表面上なくなり、時代も変わったはずだが、
実は「特権」の中で生きている人々の部分については実質「侵さず」、そこだけは治外法権だったのである。

が、今回の<小渕さん騒動>はそうした「特権」がいつまでも続かないことを世に知らしめた。
ある意味「平成」の文字を高らかに掲げた小渕官房長官(当時)の娘が、「昭和」の政治文化の終焉と実質的な「貴族院」の廃止を、目に涙を溜めながら世に知らしめたのである。
社会的な事象は、決して「偶然ではない」と常日頃思っているが、
政治の世界に生まれ生きた父と娘の因縁によって、日本の政治は時計の針を進めるのである。

2014年10月22日 (水)

「政治とカネ」〜’成功体験’が違法行為への誘惑に

年末になると「挨拶回り」と同時に醤油の一升瓶を配って歩いている政治家がいた。
「それ、違反ですよ。明らかに」
というと、
「何言うねん。みんな、喜んでるで。一年分の醤油だから、重いもん買いに行かんでよくて助かるって。それが何が悪い」
いや、そう言う問題じゃないですから。
さすがに、他からも指摘を受けたらしく、数年後に、後援会費の領収書に「後援会費には醤油代が含まれます」と但し書きが入るようになった。
冗談のような本当の話だ。
「政治とカネ」の話は沸騰しては小手先の’改革’をして、しばらく経つとまた出てくる。
昨日、ラジオでもお話しさせていただいたが、政治団体による事務所費の架空計上や、巨額の不動産取得に対する国民の批判を受けた形で、2008年から総務省の中に「政治資金適正化委員会」が置かた。第三者による監査や政治資金についての公開の基準等々を議論するための委員会だ。直近では9月に監査人の研修のあり方等を議論している。
既にこうした機関があるにもかかわらず、そして「登録政治資金監査人」という制度も作ったにもかかわらず、なぜ根絶できないのであろうか。
それは「違法」と知っていても、それをやれば当選しやすいからである。
うちわを配って、実際当選した。その「成功体験」が次なる違法行為への誘惑となるのだ。
「収支報告は第三者に調査を依頼したい」と言った小渕さん。
まさに既に「第三者」が調査している’はず’の「登録政治資金監査人制度」を知らなかった、のだろう。
政治的キャリアを積みつつも、これではあまりに稚拙で幼稚であると言わざるを得ない。
お金の苦労はしないにこしたことはない。
しかし、政治家であれば政治資金の会計実務経験は様々な分野で役立っている。
何が違法で、何が合法か、企業会計と政治資金の根本的な違い等、会計をやっていれば自ずと理解できるからである。
その経験があれば、下仁田ネギやベビー用品を贈答しなくとも、政治家としての資質は向上できるし、人脈も広がることがわかったかもしれない。
小渕元首相は「後継者」にはまずそこから修行をさせるべきだった、のかもしれない。

2014年10月21日 (火)

間もなくJ-WAVE『JAM THE WORLD』に出演します☆津田大介さんと「小渕問題」を語ります☆

https://radiko.jp/rg/premium/
今夜20:20ごろ〜20:32ごろまで、J-WAVE『JAM THE WORLD』にて「小渕さん問題」を津田大介さんと語ります☆
残念ながら放送は関東エリアのみ。それ以外の方は大変心苦しのですが…「radikoプレミアム」(月額350円)という有料会員になっていただくとご視聴いただけるそうです♡

小渕後援会の「登録政治資金監査人」は何をしていたのか?

解せないのは。
みんな忘れている?かもだが、荒井聰内閣府特命大臣が「キャミソール」で菅直人改造内閣では再任されず、事実上更迭されたのは2010年のことだった。
今回問題となっているのは05年〜2011年の分。2012年は未記帳。
少なくとも、2010年以降のものに関してはかなり慎重にしてしかるべきなのに、よっぽど脇の甘い事務所だ。それを許して来た小渕さんにか大きな責任があると思う。
擁護に回っている人多しだが、そこは政治家の資質としての「そもそも」の所だと思う。
ちなみに、国会議員の関連政治団体には「登録政治資金監査人」がいて、政治資金についての研修を修了した税理士、公認会計士、弁護士等が監査をするようになっている。 が、しかし。
監査人は「支出が適当だったか否か」つまりは「出」だけを見るだけで、「入」についてはチェックする義務はない。
普通の監査人であれば当然ながら今回のような報告書は一目見ればそれが適当ではないこと、疑いがかかっても仕方がないことはわかるであろう。そこで注意をするはずが、しても「いや、これでええねん!」と経理担当の秘書さんたちから言われたら、そのままにしてしまうのだろう。
仕事以外のところとはなるからね。(←そもそもそれもおかしいが)
というわけで、すっかり「プチ政治評論家」のワタクシ??(笑) 関東地区の皆様、お耳にかかりまーす。

小渕さんと松島さん 違うのは「毛並み」?  ニュース解説の人権感覚を問う

本日は忙しい一日だった。
夕方、移動中にテレビを見る。
もちろん小渕経産大臣と松島法務大臣の辞任の件で持ち切りだった。
その中で顎が外れるほどびっくりしたのは・・関西のあるニュース番組。
「辞任会見を解説」ということで、ある方が(といっても、テレビをほとんど見ないワタクシはこの方がどんな方か知らないので、失礼があったらごめんなさい)独自の視点で二人の辞任会見についてコメントをしていく形だった・・のだが・・・こう言ったのだ。
「(小渕さんと松島大臣では政治家としての)毛並みが違う。」
・・・ええええ〜????け、毛並み????
マジ????何時代やねん。
そ、それって、出自による差別発言ではないのか。とちらに対しても、だ。
しかしそ「毛並み」という文字はボードにも堂々と書いてある。強調されて。あり得ない人権感覚だ。
確かに「誠実さ」を全面に出した小渕さんを「かわいそう。守ってあげたくなる」と思う人もいるかもしれない。
が、少なくとも今回問われている疑惑の内容は、松島さんとはレベルが違う。
もちろん小渕さんの方が相当に悪質である。
会計責任者が首長を辞職しようが、小渕さんの責任は免れない。
お線香を配って公民権停止となった小野寺元防衛大臣と何が違うのであろうか?
法の下の平等の観点で見れば、女性だから、かわいいから、お父さんの代からだから、誠実に答えたから・・云々は全く関係ない。
事実関係が明らかになって、今疑われているようなことが真実なら当然ながら議員の職は辞さねばならないだろう。
なぜそれを問わないのであろうか。
『辞任した小渕優子経済産業大臣「全て私が悪かった」。
松島みどり法務大臣「問題になる寄付行為だと思っていません」』
番組では終始一貫この二人の「謝り方」の差を言いたかったようだが、
コトの本質はそこにはない。
対比の切り口もかなり松島さんには失礼なものだ。
男性の大臣だったら、こんな風に「いじられる」こともなかっただろう。
「何一つ貢献できなかった」と絞り出すように言った小渕さんだが、
二世議員のみならず、恵まれた環境で育ってその職・地位についている人々が抱える「天真爛漫ゆえの危うさ」そして伝える側にもあるこうした「ガラスの天井」のゆがみも露にしたという貢献はあったと思う。

2014年10月20日 (月)

『声をそろえて「ママがいつもお世話になっています」』への違和感〜小渕大臣「政治とカネ」問題に思う

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141020-00000005-mai-soci
小渕さん、大変だな。
しかし、このワインを配っていたのを小渕さんが「知らなかった」は通らない。
「慶事」へのお返し、ということなので、例えばお子さんのお誕生祝いをくれた人に対しての「内祝い」かもしれないが、それとて、この顔写真が入っていたらアウトであろう。
ワタクシが自らの政治的キャリアの中で「最も幸運」だったと思うことのひとつは、55年体制時の政治をインサイドに入ってみることができた、というだ。
茶封筒が行き交う現場や、裏口入学の手配、秘書によるパーティ券の過小報告等々が「推測される」状況を横目に見つつ「反面教師」としてさまざまなことを学んだ。
ワタクシなんぞには思いもつかない発想でそれはそれは鮮やかに「違法ギリギリ」と「違法」の間をすり抜けて行く。
それは保守も革新もなく、程度の差はあれ「常識」だとされていた部分はあった。政治家もしくは政治家周辺の人々で情報を独占できた時代だから、である。
日本新党が登場して以降の日本の政治は、表向きにはそうしたことは少なくなったのだと思う。
しかし。「王国」と呼ばれるような鉄板選挙区では、まだまだ「秘境」で村の掟があたかも通用すると思われていたのであろう。

小渕さんは政治家として珍しく女子にも「嫌われない」タイプである。
実際、同世代として「まっとう」だと思って来た。
が、ちょっと前に、パーティの様子が新聞に出ていて驚いたことがあった。
『パーティの主は衆院当選5回を重ねる小渕氏、40歳。2人の息子も登壇し、声をそろえて「ママがいつもお世話になっています」。会場には拍手が湧き、その光景は仕事と子育てを両立させていることを訴えるのに十分だった』(産經新聞 2014年7月18日より引用」)

あの、小渕さんが。
家庭と子育てを大事にしている小渕さんが、子どもたちに舞台上でそう言わせるとは。
もしかして、政治家は「家の仕事」で、子どもたちに継がせる準備、英才教育なのかと思ったら、なんだかがっかりした。
そして、ほどなくの、この報道。

今に始まったことでないにも関わらず、現在まで見逃されて来たことについては後述するが、「家」も含めて、なにかこの国の硬直した部分を象徴しているような気がしてならない。

2014年10月18日 (土)

小渕氏政治団体報道に見る「取材力」の低下

実費が当たり前、どうして差額が・・首ひねる議員

読売新聞 10月18日(土)9時16分配信

 国会議員の後援会などの政治団体が、支持者を対象に国会見学などのためのツアーを企画すること自体は珍しくない。「うち解けた雰囲気で議員の人柄を知ってもらえる」(自民党議員秘書)といった狙いがある。ただ、参加者から費用に見合った会費を徴収するのが通例だ。

 自民党の中堅衆院議員の秘書は「国会見学ツアーは旅行会社に任せており、後援会は支持者から代金を集めて旅行会社に渡すだけだ」と話す。このため、収支が食い違うことはないという。また、同党参院議員の秘書は「旅行会社を通さずに後援会で1000人規模のツアーの面倒を見るというのは考えにくい」と指摘する。

 閣僚経験のある民主党衆院議員の後援会の政治資金収支報告書では、支持者からの国会見学ツアー参加費収入が396万円計上され、旅行会社に支払った「国会見学旅行代金」391万円とほぼ同額だった。この議員は「実費負担が当たり前で、小渕氏の場合はどうして巨額の差額が出るのか不思議だ」と首をひねっていた。

・・・・・・・引用以上。

前のブログで書いた通り、ちょっと取材をしたならば「首をひねる」どころか、ある種政治の世界ではありがちなこととされていることがわかるはずだ。

「動員」している政治家は、それについて収支報告書でどう記載するかについては苦心をしているであろうと推測されるが、ベビー用品の購入等も含めて今回のようにある意味「バカ正直」な報告書を作っている議員というのは稀有であることにも気づくであろう。

また「なぜ」に迫った記事内容についても、インサイドの視点が欠けているので的外れなものも多かった。

ちなみに。一般論だが、取材のセオリーとしては相手候補として闘った経験のある人に聞くのか、イチバンネタを拾える(笑)

いずれにせよ。

こうした問題の背景にはなにがあるのか。

なぜ、今、この問題が出て来たのか。

そうしたことも含めて、マスコミの側も重層的な「取材力」が試されているような気がする。

小渕大臣政治団体不透明資金問題   政治家行事には「動員」でタダで参加する「ご招待」な人々がいる

小渕経済産業大臣が関係する政治団体の不透明な資金問題。
2010年と11年に企画した支持者向けの「観劇会」で、
参加者から「参加費」として集めた収入より劇場側への支出が2643万円多くなっており、有権者買収の疑いが出ている。
この報道を見て、業界にいる者たちはピンと来るはずだ。
お金を払って「観劇会」に参加をする人々とは別に無料で参加をしている「ご招待者」がいるのだ。つまりは2643万円のうち幾らかは本来はその人々が支払うべき参加費を政治団体が肩代わりしているのではないか、と。
状況は手に取るようにわかる。
秘書たちはノルマを課せられ、あるところまでは一生懸命にがんばる。しかし売り切れない。
会場は「貸し切り」だ。1000人の会場に700人しかいなかったら、会場はスカスカ。参加者が少ないのは対外的にもみっともない。
参加者も「あれ?ワシとこの先生の支持者、こんだけしかいないの?力が落ちてる?」と不安になる。
そこで事務所サイドは「ご招待」としてタダで参加をしてくれる人を募るのだ。業界ではそれは「動員」と言われる。
ともかく、見た目、格好がつくようにしないといけないのだ。
この手法は「観劇会」だけでなく、パーティ他でもよく使われる。
「ご招待」は政治家同士がパーティに呼び呼ばれする時に、お互い参加費を払っていたら数が多くて持たないので「賑やかしに来てね」の意味も含めてチケットに「ご招待」とスタンプが押されたものが送られてくる。
一方、有権者に対しては「ご招待」印を押したものであると「買収」になるので、「サラ」のチケットと、領収書を渡す。受け取ったことにするのだ。
「動員」される有権者も慣れたもので、或る意味毎年楽しみにしていたりする・・。
小渕大臣の「観劇会」のチケットと実際のコストの関係がどうなっているかはわからないが、
ひとりあたり1万2000円という値段から言って、参加費とはプラスマイナス0だったと思う。
空席が出てしまった分のコストを参加者に頭割りして再回収するのは難しいが、
「ご招待」で参加した人々の部分を「未収分」として処理して、次年以降でも回収の努力をすれば、問題はなかっただろうに、
いずれにせよ、なぜこうした会計処理をしたのかは不可解である。
ベビー用品の購入、というところでは、野田聖子さんのブログで小渕さんからもらったかわいいお洋服をお子さんに着せたという話題が載っていたことがあって、あれなのかな?と思ってしまったが(笑)
今回のことについては「女性閣僚」バッシングには当たらず、単に事務所のずさんさ、緩さが露呈した、ということなんだと思う。
少なくとも小渕大臣は自分で会計をやったことが一度もないことはわかった。
恵まれた環境の中で政治活動ができ、選挙が盤石な2世、3世議員の思わぬ「落とし穴」である。

*写真は小渕さんのお姉さんデザインのハンカチ。実は私の愛用品です。女性ものにしたら大判で、生地の質もとてもよく、デザイン・色ともに甘からず。・・なので、今回の報道は一ファンとしてはとても残念なものでした。

1800251_711952942217487_42768018300

10434197_711952982217483_2854453359

2014年10月12日 (日)

日本にも『マララさん』はいる〜学校に通えない子どもたちを救いたい!

ノーベル平和賞のマララさんに関する記事を読みながら、
日本で学校に通えない、そして通えなかった子どもたちのことに思う。

同じ国にいながら、そうした人々がいることを想像できる人は少ないと思う。
むしろ、遠く外国の方に「リアリティ」を感じ、「シンパシー」を持つというのは、皮肉なことでもある。

「親が悪い」「文句はだらしがない親に言え」
本当にそうなのだろうか。


もし「その子が自分だったら」と思うことはないのであろうか?
そして今、目の前に学校に通えない子どもがいたときに、どんな行動をするだろうか?
様々な事情を抱えてそこに至っている親を責めても、問題は解決しないことはわかりきっている。


教育の機会を奪われている子どもたちにとっては、一日一日が貴重である。

だからこそ「政治」はある。しかし、その政治家すら親を責めて、何ら具体的な方策を示そうとしない人々は少なくない。

親がダメと言うのであれば、「政治」が彼らを救わなくて誰が救うのだ。

そんな中で小・中学校に通ったことのない、40代男性他への学習支援に乗り出した明石市の取り組みや、夜間中学の先生方の努力は希望の光でもある。

国は動かないが、福祉の現場、教育の現場では既に放っておけない段階まで来ているという危機感があるのだ。

日本にもマララさんはいる。闘っている子どもたちがいる。
このノーベル平和賞が、この子たちにも光を与えてくれることを心から望む。

2014年10月 9日 (木)

『成人無戸籍者問題』が明日、『情報ライブミヤネ屋』さんで特集されます☆

http://www.ytv.co.jp/miyaneya/

明日、『情報ライブミヤネ屋』さんで『成人無戸籍問題』が特集されます。
午後3時〜3時30分に放送される予定です。
ぜひご覧下さい!!

2014年10月 7日 (火)

たかが「柄」、されど「柄」〜松島法相ウチワ問題に思う

本日の参議院予算委員会での松島法務大臣「うちわ」ネタ。

業界人なら誰しも知っている。
「柄付きはアウト」「指で中を開けるものはオッケー」
つまり、松島法相のはうちわ、蓮舫参議院議員のはビラ。
(ネット上では蓮舫参議院議員も叩かれているが、それについては批判には値しない。
選挙の際、選管に届け出をして「ビラ」として確認されたものだからである)
政治家や政治活動者は通常自分の配布物は選管に確認してから印刷する。
あとから「公職選挙法違反」と言われると面倒だし、コストもかかるから。
松島法相、並びに事務所サイドはそれも怠った、ということなのか?
いずれにせよ、初歩の初歩でのミスである。
まあ、こんな細かいルールが「常識」として通っている「公職選挙法」ってのも、どうかと思うが。

ただ、国民の側は何が違反で、何がそうでないかは全くわからない。

選挙法に触れるようなギリギリのことをやっている人も真面目にクリーンにがんばっている人の仕分けが難しい。
知恵を絞りながら法の適応内でおさめようとしたか、それを越えても広報しようとしたかの境は「柄」によってわかるのでる。

2014年10月 5日 (日)

民主党にはなぜ日刊・週刊「新聞」がないのか

震災が起こって、被災地の避難所を回った時に、 ふと目についたのは「新聞」だった。

全国紙や地元紙に加えて、そこには「公明新聞」と「赤旗」があった。
読み回されてぼろぼろになっていた。
それを見た時に、民主党は震災対策でいろいろやってもダメだろうな、と思った。
やる先から、こうして批判されて行くのだから。
それに対抗して「そうじゃないんですよ〜。こういう意図で、こんなふうに進んでますねん。大丈夫ですよ〜」というメディアを持っていないから。
途中から「壁新聞」も始めたけれども、やはり日刊、週刊「新聞」にはかなわない。
情報戦では多分「完敗」だったと思う。
自分たちの「やっていること」「やったこと」「これからやりたいこと」を伝えるためには、やはり自分たちのメディアを持つことは大切なのだ。
ラジオでも良い。
個々がPCや携帯に向かって、というのではなく、 意識しなくてもどこかで「ついつい読んじゃう」「聞こえちゃう」というようなレベルでの繰り返しが、政策の理解や浸透を促す。
以上を踏まえ、「民主党も国民政党というならば、日刊紙作るべきでしょう」(そーいやあ、その昔、民社党にもありましたよね?)と提言するも、
「自民党もないから」と一蹴された。
だからあ。
それは「公明新聞」が代わりに書いてくれているんですわ〜。
プロパーな記者に加え、落選者も党本部の職員さん訓練して、得意分野をしっかり書けるようにする。
国会の情勢も詳細に報じる。
そのうち、他のメディアも「民主新聞」「デイリー民主」を読まないと情報が取れない状態を作る。
コスト面から言ったらネットでもいいんだけど、今のような垂れ流しの情報は「自画自賛」だけだから面白くないんだよね。 (ちなみに「プレス民主」というのがあるものの、これも全部が広告なので、読み物としてはイマイチ迫力がない。党内でも購読者少なし・・かも?)
やっぱりお金を払わない情報ってそれなりになってしまう。
それをうまく換金システムを作って独立採算取れるようにする。
あ、そこも民主党は苦手な分野だったか(笑)
いずれにせよ。与党だった当時の部会でもどの分野でも資料がめちゃくちゃわかりにくくて、まどろっこしい。
つまりは、何がしたいのか。 国民に伝えたいものって、何?
それがなければ伝えられない。
民主党に求められているのは常にそれなのかもしれない。

2014年10月 3日 (金)

地方創生は平成の「人返し令」?  「少子化対策」は名称変更すべし

国会中継を見ていて、吹き出しそうになった。
地方創生について稲田朋美自民党政調会長が質問していた。
「今までもいろんな政策があったと思うけれども、今回は何が違うんですか?」
答弁に立った石破茂大臣。いつものように間を溜めながら
「・・危機感です」
つまりは政策の内容より「気合い」が違う、ということか。

そして、その後石破大臣の答弁が縷々続くのだが、
聞いていてこれは平成の「人返し令」なんだと思った。
つまりは「年貢(税)のため」の地方創生。
効果のあがらない政策の典型例になりそうな予感である。
「少子化対策」も同様、であった。
「少子化対策」は私が県会議員になった2005年には
「団塊ジュニアが出産時期を迎えた今年がラストチャンス」と言い、
2009年には「団塊ジュニアが産み終えを迎える今年がラストチャンス」と、毎年「今年がラストチャンス」と言っていた(笑)
そこから5年も経った今、「ラストチャンス」も使い切った「少子化対策」なぞ成果があろうはずもない。

そもそも人を増やしたり、移転を促したり、というところに「個人の幸せ」の有り様を見ていないからこそ、失策となるのだ。
「少子化対策」について言えば、この言葉はもはややめねばならない。
我が国が対処すべきは「人口政策」の段階に入っているのだから。
名称変更すべし、である。

« 2014年9月 | トップページ | 2014年11月 »