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2015年5月

2015年5月31日 (日)

明治維新を支えた「キラキラネーム」

「和子」「和江」「和美」「和男」「和永」「和行」「浩和」・・・。
『キラキラネーム』の台頭とともに、消えたのは「和」さんキッズたち。
平和な時代が続き、少子化もあいまって、一生に一度か、二度の命名機会となるかもしれない時、親の思いをどんな文字を使って、何を託するのか・・「平和」への思いという、その子どもたちが育つ世界のあるべき姿より、言葉の響き重視で、その子個人の人生にフォーカスして、使いたい漢字をめいっぱい欲張って盛り込んでみる・・。
しかし・・・読めん(笑)

『キラキラネームの大研究』(伊東ひろみ著・新潮新書)を読む。
この本では最近の「キラキラネーム」の増加傾向について、その背景と、また歴史的考察も加えながらわかりやすく解説している。

「キラキラネーム」はここ最近の傾向のように言われるが、
実は、戦国武将だって、キラキラネーム。しかもつけ放題。「by myself」でさ(笑)
また、明治期の「キラキラ」ぶり&「当て字」満載ぶりもすごい。
通称と実名を使い分けていた彼らも、1871年(明治4年)に戸籍法が制定され、翌年所謂「壬申戸籍」が作成、この過程で今まで許して来ていた通称・実名の両方使用を「一つに統一しろ」と言う太政官布告が出される。
つまり、名前の世界でも「明治維新」が起こるのだ。
いや、逆で、実はこの「壬申戸籍」こそが「明治維新」を支えたものだったということがよくわかる。


最近、明治の文献ばかり読んでいて、そこで出会う人々(笑)の名前が読めなくて苦労していたんだけど・・なるほど、そうなんだよね。
「一氏一名」、そして戸主を筆頭とする戸籍が作られることで、維新は成し遂げられて行く。

・・うわあ、この本の先にあること、書きたいなあ!!!

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2015年5月 9日 (土)

香山さん問題についての危惧

「ねえ、どう思う?うちの夫がさ、青山さんの言った事は全部信じんねん。もうそれは『信者レベル』」と、友人A。
「青山さん?あの二号線沿いの?」
「いやいや、テレビに出てる、あの」
「あ〜、青山繁晴さん、ね」
「そう、そう、その青山さん」
「ご近所の青山さんかと思ったわ」
「それがさ、拉致の話をものすごく確信持ってしゃべる訳よ。
『で、その根拠は?』と聞いたら『青山さんが言ってたから』。
その答えって、小学生レベルじゃね?40代のおっさんとして、どうよ?」
・・・という話を、昨日したばかりだった。
香山リカ氏の「乗っ取り虚言」他、事実関係の詳細はわからないが青山氏の場合に限らず、「ファン」を「信者」と言うこと自体は日常でよくある話だ。
「ホント下劣」というのは、何が「下劣」かわからんが、言葉が過ぎたと指摘が来たら、淡々とそう書いた理由を説明すればよかったのではないか、と思う。
いずれにせよ、問題は「その後の対応」だ。
もし香山氏がツイッター他での発信について「ごまかし」をしようとしたなら、そこには「批評・批判」という彼女の社会的役目以上の「悪意」があったことを認めていることにもなるので、彼女自身のこれまで、そしてこれからの発言の信頼性に著しい影響を与える事になるとは思う。
ただでさえ少ない、リベラル系の論客のひとりの発信が弱まるようなことにならなければ良いが。
そう思うのは自分の主義主張とは別に、この国から「議論」がなくなることへの危惧である。
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1473568.html

2015年5月 6日 (水)

統一地方選挙を終えて考える③大衡村から

大衡村を選挙カーで回った時、驚いたのは、ほぼ全ての家から人が応援に飛び出くることだ。

「がんばらいん!」(有権者)
「よろしくお願いします」(候補者)
「わがっだ。うちではちゃんと、わげっがら」(有権者)
そう言って、選挙カーの中を覗き込む。
誰が運転手か、誰がウグイスか、誰が応援しているのかを確認するのである。
お菓子や飴の類までめざとくチェックされているのがわかる。
固い「約束の握手」をかわして、この家を後にする。
選挙カーの声を聞いて、次の家の人が玄関先から道路脇まで降りて来て待っている。 そして同じ会話を繰り返す。
選挙カーが高台に登って、車の窓から下を見下ろした時に、別の選挙カーが先ほどの家の前に行のが見える。
一旦家に入っていた有権者はまた家から飛び出して行く。
大歓迎で握手をしている。
その車が去ると、次の選挙カーが来る。
また家から・・。
「わげっがら」=「家庭内で票を分ける」
こう言った人は実際は票を入れていないと思う。
セクハラ村長の話題が出ようが出まいが、 常に投票率80%以上の選挙。
誰が誰に入れたかがほとんどわかる選挙。
情報を取り合い、噂を引き入れ、広めながら行われる選挙。
そして日が落ちた後は、ほとんど誰も出て来ない。
自衛隊の駐屯地があるので、家々は防音工事がされていて、窓を閉めた途端、何も聞こえなくなるのだ。
暗くなった中で、浮かび上がるのは星と月。
ビルもなく、電灯の明かりも少ない中から、ここでは本当の輝きを見ることができる。 その光は圧倒的な存在感だ。
選挙カーからの「お訴え」は空しく空を登る。
「変わらない」選択をした大衡村。
それでも「変えたい」と思っている候補者と有権者がいることが分かった選挙。
基盤は確かに動いたのである。
数年後の大衡村はどうなっているのか。
希望はある。
期待を持って見て行きたい。

統一地方選挙を終えて考える② 政令市以外の市町村議会議員選挙、東京都特別区の区議選挙について

Photo

ちょっと、木々の影になって、写真が上手く撮れていないのだが、芦屋市議会選挙のポスター写真である。
遠くからこれを見たとき、ぶっ飛んだ。
「森」「平野」これ以外のポスターに目がいかなかったからだ。
ちなみに、どちらも共産党。そして、どちらも子どもの同級生の父母だ(笑)
いやあ、共産党は進化しているよね。(共産党は地区割りしているから同じようなポスターでもオッケー。たまたま上下になって、目立ち度加速)

さて、政令市以外の、市町村議会議員選挙、そして東京都特別区の区議選挙は定数が多く、例えば大田区では定数50に対して候補者64人、兵庫県西宮市では定数41に対して60人。同じ党から複数人出るケースも多いので、どの人を選んだら良いか本当にわからん。
例えば「27歳 地元のために!」というキャッチコピーをポスターに入れたとする。
人はそれだけで投票するだろうか?
これが国政で、相手候補が重鎮だったりすると「若さ」は武器だが、定数が多い選挙ではそれだけではなかなか投票にはつながらない。
プラスαの「キャラ立ち」がないと選択肢にすら入らないとなる。
そこで「連呼」となる。この「連呼」も単に名前を言ったり、「子どもたちの未来のために」等、通り一遍ではダメなのだ。
言葉も、言い方もちょっとした「定形外」がないと「キャラ」は立たない。
2世が「覚えてもらえる」という点で他の新人候補より圧倒的に有利なのは(良きにつけ悪しきにつけだが)そう言う意味での「キャラ立ち」が既にあるからだ。
(昨日、テレビで2世タレントの「悲哀とお得」が特集されていたが、政治業界でもあるところまでそれは一緒である)
ともかく「覚えてもらえて」いないと、60人、70人と言う中からの選択肢にすらならない。
ただ、こうした定数が多い選挙は、自治会や商店街等が「推薦」をして、その地区の代表者として地域ぐるみで応援するということがあるので(逆に言えばその地区以外は選挙活動をしない)、当該選挙区全域で知名度が必要、というわけでもない。
政党所属の議員たちは共産党だけでなくて、ほとんどが地区割りをしているので、その地区内での知名度をあげ、いかに濃い後援者名簿を作り、集会に人を読んで票を固めるかが勝負となる。
ただ、その候補者が出ている地区の有権者数が全体に比べて多ければ有利だし、そうでなければ不利となることもあり、その辺は能力や選挙手法等とは関係ない場合もある。
いずれにせよ、一票一票の取り合いとなる厳しい選挙である。
さて、そうした中で。
自治会や商店街などに所属をしていない住民たちは、候補者ひとりひとりになかなかアクセスしずらい。
では、誰に思いを託したら良いのだろうか。
国政選挙をしているとHPやブログ、FBは時間をかけてやっても、実際に見ているのは選挙区外の有権者だったりして(笑)費用対効果としては低い、というのが正直な感想だが、
地方選においては、特に定数の多い選挙区においては有効な手段となると思う。
そして、まず。
自分が選んだ候補がちゃんと仕事をする議員であるかどうかは、HP他の更新具合をみればわかる。
選挙後ほったらかし、と言う人は、それ相応である。
選挙目当てだけに自分の活動報告をしていたかどうか、一番わかりやすく出るところであるから。
そして、その議員をチェックをしているということの意思表示に、メッセージを送ってみたら良いと思う。
また落選者にもなぜ自分がその人を選んだかを「伝える」ことは大事な事だ。
それこそが有権者にとって一番簡単にできる「政治家を育てること」である。

ということで、次回は「大衡村」について、です。

2015年5月 5日 (火)

統一地方選挙「無投票」を考える

  統一地方選挙の振り返りつつ、

  まずは県議選における「無投票」の問題を考えてみる。(関連で後半「無所属」についても、ちと言及)  
 さて、「無投票」と「低投票率」はいずれも政治に対しての住民の関心が低いことから生まれる裏と表の関係であると思われがちだが、その根は別にあるとワタクシは思っている。
 以前、佐藤優先生と対談した時「低投票率は必ずしも民主主義の危機ではない。むしろ高投票率の方が国としては危機状態にあるということ」であるとのご指摘も受け、その件についてはまた別のところで述べているのでぜひ読んでいただきたい・・って有料だがね(笑)
 「無投票」となる要因は明らかに構造的な問題である、とワタクシは思っている。
  1人区が多すぎるのである。
  たとえば新潟県でも、 http://www.niigata-nippo.co.jp/…/senkyo…/20150405173268.html  
 千葉県でも、ネットで引けば同様の記事が出てくる。 http://www.sankei.com/reg…/news/150405/rgn1504050045-n1.html  
 地方議会では行革の一貫として定員の削減と、それと同時に1票の格差を改善しよう選挙区割りの見直しなどを行う。
 その際に自民党系会派は1人区を増やす案を推進する。2人区案は基本、却下である。当然ながら1人区の方が有利だからである。
 無投票選挙区を規模別に見ると、実際、1人区が前回の161から192に増加している。その多くは自民系が取っている。
ただ、無投票選挙区は2人区でも77から98、3人区で16から25にそれぞれ増えたということを見ると、共産党の動向が気になる。で、調べてみた。
 1〜3人区の無投票選挙区で共産党公認で当選したのは和歌山県有田郡区のみである。
 ということは、他の無投票となった1〜3人区選挙区では共産党が候補を擁立していない、ということになる。以前は「どんなに厳しい選挙区でも候補者を必ず立てる」というイメージがあったが、選択と集中をしている、ということなのだろうか。  
 擁立者数の比較を見ると共産党は前回2011年を37人上回る262人を擁立している。
自民党の擁立候補は前回を66人上回る1310人。公明党は3人減の169人をそれぞれ擁立。
 民主党は前回の571人のなんと6割弱の332人だ。維新の党は126人。
  民主系の一部が維新に行ったとしても非自民系で100名ほど立候補者数が減っている。
 前回、民主党は小沢幹事長の号令のもと、「3人区以上は民主党で複数擁立」という方針を立ててもいた。
 これは政権与党として統一地方選、参議院選挙を闘う上で当然の戦略とされたが、現場は分裂気味の選挙となり、それが逆に党の結束を弱めた一因になったことは結果が証明しているとも言える。
 いずれにせよ、1人区で「無投票」が増える原因のひとつは、その選挙区で国政で拮抗する2党、もしくは3党の「代理戦争的役割」がないからである。
 現状のように自民党が圧倒的有利と言われる状況の中で、他党が候補者を立てる余裕も、またほぼ可能性がない中で「火中の栗を拾う」候補者もいない。以前、例えば自民党に不利な風の中で無投票=不戦敗を避けるため、県連職員がその割の合わない役目を引き受けていた例を見て来たが、それが出来るのは「組織」が機能しているからである。今の民主党や維新の各県連にはそこまでの体力はないだろう。
 一方で、当選する人数が少なければ少ない程、党派制を出し過ぎると広く票を取れないので、どこかの政党に所属していても「無所属」として出馬する「ステルス無所属候補者」がいるが、当選後の「所属会派」を見れば、彼らの出自はわかることになる。
 もちろん「真性無所属」もいる。
 党が議員を選ぶ大きな基準となる国政と違って、地方選挙においてはそこまで重視はされない。むしろ既存政党への不満を持った層の受け皿となる「無所属」という選択肢は、過去から一定の存在意義を持って来た。野田元総理を始め、前原、玄蕃氏たちも県議会議員選挙に挑戦した時は「無所属」で、批判勢力の票をまとめて当選したのである。
 
 2人区、3人区の場合、当事者同士の微妙なバランスで「争い」を避けようとの思惑が生まれ、新規参入がし難い状況を作り出す。逆に言えばそれだけ「選挙に強い」というオーラをそれぞれが出す、もしくは事前のちょっとした駆け引きも含め(例えば県議選に出ようとしていた人を、応援するから市議に回れ、とか)
 いずれにせよ、「選挙」は「個人の努力」もさることながら「構図」である、とつくづく感じる。
  例えば、この選挙区に共産党が立ってたらどうだっただろうか、とか、民主党の市議会議員の取っている票と県会議員の票に明らかに差がある場合は、自民党の県議会議員の票を見る。自民党公認全市議会議員の票と公明票を足したより少なければ、そこは簡単。公明党票が流れているのである。
 ・・・なーんてことを、ゆっくり分析できれば、表面で見えている選挙のあれこれとは違う手練手管が見えてくる。
 こま猫先生が学者の書く論文について「研究者あたりの研究費のジニ係数とか計算できると面白い」と書いていたが、
政党も、また政党助成金を出している有権者も、今あるデータを他の角度から分析するツールを持てば、候補者と、議員の実績、また今後の期待値も含めて、もっと有益な情報を得ることが出来るのではないか、とも思う。
 そんなソフトの開発もしてみたいなあ。
(短時間で書いたので、ちょっと雑ですんません・・)

我が国における下水道と水洗トイレ普及率

大衡村に行って、ちょっとドッキリしたのはトイレが「汲取式」だったことだ。

ワタクシがいた地区は平成12年前後に水洗への下水道工事が行われたそうだが、その直前にリフォームしたばかりだったので、そのまま今に至るそうだ。
仙台市中心部にあるワタクシの実家が「汲取式」から「水洗」に変わったのは、確かワタクシが幼稚園のころだったから、45年程前だと思う。
同じ県内でもこうしたインフラ整備は時間差がものすごくある、ということがよくある。
ワタクシが大衡村以前に「汲取式」を国内で体験したのは先輩の選挙の時である。
愛知県知多郡。
私は23歳だったから27年前か。
その前は大阪の吹田市で、友人の借りていたアパート。
ワタクシは大学生だった。
以来、すっかり忘れていたので今回久々に経験して、ちょっと気になって調べてみたら・・日本の下水道普及率って77%あまり。水洗トイレの普及率も90%ほどで、逆に言うと10%弱は汲取式ということだ。
県議会議員をしていたとき、兵庫県内でも下水道普及率は90%ほどだったという記憶があるが、全国的みると進んでいる方だったのだな。
下水道についてはH25年度の数値のまとめのPDFがあるのだが、震災で東日本については正確ではないとしつつも、具体的な都市名などを見るとなかなか考えさせられる内容である。
水洗トイレについては総務省統計局の数字で見たのだが、なぜか平成25年度のが開けない。なので、その前の調査(平成20年分)で恐縮だがはっておく。
今日、久しぶりに本棚を覗く時間があり、32年前、制度としての「家」が解体し、今までの「家族のかたち」も分解されて行く途上の「日本」を写真と文章で評論した『東京漂流』(藤原新也著・情報センター出版局)を捲ると、「水洗トイレ」の普及について、言及がされていて驚いた。
都市化する中で忌むべき物として扱われているものが、あるところでは時を経ても残っている。
FBで同様のことを書いたら、大衡村ではないが、該当する地域関係の友人から「(水洗化が進まないのは)リフォーム等で簡易水洗にしていて下水道がなくても不便を感じている人が少ないから」という指摘ももらった。
なるほど。
それも含めて、大層興味深い。
「日本」を知る上での、大事な「統計」であることは間違いない。

2015年5月 2日 (土)

「政治ジャーナリスト」を見分ける術

我が古巣の東洋経済オンラインの記事について、松田公太参議院議員が「憶測記事である」として鵜呑みにしないよう注意を促している。

http://blogos.com/article/111358/
政治業界周辺で仕事をするジャーナリストやライターの質を見分けるには、当然ながら、まずは「経歴」を見ることであるが、ここにひとつのポイントがある。
「国会議員秘書」「国会議員政策秘書」と書いて誰の秘書だったかを書かない人については、ちょっと慎重に見た方が良いと思う。
これは秘書に限らず、政治家もそうなんだけど(笑)
当然ながら、それを書くことが自分にとって「マイナス」だと思うから書かない。政治的中立性を保ちたい、という意図があるとしても、例えばどの雑誌に寄稿しているかとかを見れば、ある程度の「傾向」はわかるもの。
当時の働きぶり他がわかるといやなのだろうかな。
この記事が「憶測記事」かどうかはわからないが、人のことを書くなら、まずは自分のことも書いておけ、だよね。
その覚悟がなくて書いている記事には、有益な情報があるとは思えない。
業界生活30年の実感だ。

2015年5月 1日 (金)

続・厳しすぎる弱視高齢者に対する介護保険認定

目が見えない、見え難い弱視高齢者に対する介護保険認定が、実際の生活困難に比べて明らかに低いか、というと、「弱視」または「失明」状態にある人に対しては障害者手帳を持つことで優遇sれるから、そちらで対応してくれ、ということである。
ではそれでどれだけの「優遇」があるかと言ったら、所得税、住民税についてはまだしも、美術館の割引とか、事件にもなった心身障害者団体が発行する定期刊行物が第三種郵便物として取り扱われるなど、弱視高齢者の日常をサポートする内容とはおよそなっていない。
バスが無料になっても、どこかにひとりで行って何かをする、というのは難しい。誰かが着いて行かなければならなかったり、そもそも食事や入浴すら誰かの介助がないと困難なのである。
障害者手帳の発行により税金が少なくて済む分でそれをカバー出来るかと言ったら、それは絶対に無理、なのである。
また、目が見えないということは、今まで楽しんで来た様々なことを諦めなければならないと言うことでもある。精神的な落ち込みや気分が塞ぐこともままある。刺激がなくなるから認知症が進む、という場合も多い。
だからこそ、きっちりと対応して行かないといけないのである。

GW明けから改善を求めて、活動を開始したいと思っている。

選挙における「◎児の父・母」考

4年に1度の統一地方選挙が終わった。
立候補を決め、準備をし、そして本戦を闘った全ての候補者の人々に「お疲れさま」と言いたい。

被選挙権を行使することは「民主主義の実践」の一つだ。
ただ「誰にでも出来ること」ではない。
よく言われる「地盤・看板・鞄」。
それももちろん大きなハードルであるが、
それよりも突破しなければならない壁は、人から「うさん臭い目で見られるグループ」へ人生を移行しなければならない、ということなのではないかと思っている。

見ず知らずの人からあることないことを言われたり、何をやっても「あ、どうせ票のためでしょ?」という目で見られる。そんな気はさらさらないのに。
当選しようがしまいが、引退しようがしまいが、その状態はずっと続く。
「あの人、選挙出たよね」。
たった1回でも選挙に出ると、もはや「うさん臭いグループ」から抜け出すことは、自分の意志をもっても出来ないのである。
 
面倒くさい。ばからしい。

そう思うのは「普通の感覚」だと思う。
しかし、この「自分の中にある壁」を越えないと被選挙権の行使は出来ないのだ。

そういう意味でも、ワタクシは全立候補者に「お疲れさま」「よくやった!」と声をかけたいのである。

まあ、ホント、この業界、「うさん臭い人」多いので、そうなるんでしょうが(笑)

さて、この度の選挙を並走しながら、思いついた点を数回に渡り書き記して行こうと思う。自分の備忘録として(笑)

気になった一つは「2児の父」「3児の母」等々、「◎児の父・母」というキャッチフレーズを使っている人が多かった、ということだ。

日本で初めて「◎児の父・母」を全面に掲げて選挙を闘ったのは、1989年参議院選挙東京選挙区から立候補し、惜敗した進歩党・美藤智氏だと思う。
この選挙は、自民党の竹下登内閣下でのリクルート問題や消費税、宇野宗佑総理の女性問題などが焦点になった選挙であり、「山が動いた」という土井たか子氏の言葉は流行語にもなった。
そうした政治状況の中で、美藤氏はたまたま撮ったスナップ写真をポスターにこう記した。
「31歳 2児の父」。
当時は父親が子育てを「手伝う」ことはあっても「主体的に取り組む」ことまではなかなか求められていなかった時代だ。
「子育て政策」を訴える、というよりは、澱んだ政治にごくごく一般的な、「31歳 2児の父」が挑戦して行く、というところをアピールしたかったのだと思う。

かく言うワタクシも数回の選挙を「5児の母」をキャッチフレーズに闘った。
なぜ「5児の母」を入れたかと言うと、単純に「知名度アップ」のためだからである。
「まじ?5児?」
驚いて、覚える(笑)
これが「1児の母」だったらこのキャッチは使わなかったと思う。
今でも「5児の母の人ですよね〜」と言われるので、単純に「知名度アップ」と言う点では効果はあったのだろう。

さて、今「2児の母」とか「3児の父」をキャッチフレーズにしている人たちは、それとは違った意図で使っているのだと思う。
つまり、自らの政策アピール。
「子育て政策」が「売りになる時代」になったのである。
その際は子どもの数は関係ない。
いかに「自らもこの問題の当事者としてがんばっているか」、「改善点を知っているか」というところを伝えたい。
そして同世代やその父母たち、つまりは子育てを手伝っている層への浸透も狙っているのだろう。

時代は変わったな、と思うのと同時に、選挙ポスターのキャッチフレーズほど、その時の日本や地域を表すものはない、とも思う。

ちなみに。
2003年、私が初挑戦した兵庫県議会芦屋市選挙区でのキャッチフレーズは「談合政治にNO!」であった。
負けた。
理由は簡単。有権者の多くは「YES」だった、ということである。

当時は「4児の母」だったが、アピールすべきはそっちだったかな(笑)

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