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2015年8月

2015年8月27日 (木)

『ビッグコミック』で

現在発売中の

『ビッグコミック』(9月10日・小学館)に掲載されている「すばらしきかな人生」で無戸籍がテーマとして取り上げられています。
より多くの方々にこの問題を知っていただくためにも、
漫画という媒体は本当にありがたく思います。
若狭星さん、香川まさひとさん、小学館さん、
ありがとうございます。心から感謝いたします11902527_875047379241375_6436623467
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2015年8月18日 (火)

地域振興プレミア商品券 

http://www.kobe-np.co.jp/news/kobe/201508/0008313508.shtml


「買えた?」
「買えなかった」
「買った、買った。何度も並んだ」
昨日の神戸はこの話題でもちきりだった。
「神戸ときめき商品券」。地域振興のためのいわゆる「プレミア商品券」である。
1万円で1万2千円分の買い物ができることもあって人気沸騰。販売初日は全194カ所の販売所で完売となった。
初日は整理券も出て、購入は一人当たり上限5万円。ただ、実際は何度も並ぶことも可能。支払いもひとり一回10万円までが上限だが、こちらも並べば数回に渡って支払い可能だから、実質上減はない。
たとえば10万円買えば2万円。20万円買えば4万円のお得という計算である。
今日日、こんな金利をつけてくれる銀行もなく、有り難い限り。
・・購入出来た人には(笑)
よくよく考えてみるとこのシステム、実は相当に不平等なのではないか。
つまり、現金で小金を持っている人しかこの恩恵には預かれず、
(阪急沿線上から売り切れて行き、買えなかった人々はまだ売っている場所をめがけて南下)
また「連休明けの月曜日、午前10時からの販売」というのは、現役でバリバリ働いている人々、つまりは割り増し部分の財源を支える主たる納税者は買えないシステム。
別の日にも購入日は設定されているが、その日が休日だったとしてもわざわざ並んで購入に行くということだけ考えてもかなりの負担だ。
平等性を担保するなら、せめて購入券を各世帯の人数分を郵送し、買う買わないはその人の自由としないといけないのではないか。
ひとり親世帯や多子世帯に対しては優遇があると言っても、十分な周知徹底はなされていないような。
「地域振興」の美名のもとで取れるところから巻き上げて「バラマキ」をしているような感じがしてくる。
もちろん購入した市民にとってはうれしいし、お得で良かったね!なんだけど、なんだか割り切れんわなあ。

2015年8月11日 (火)

架空の政活費 神戸市議選16人に「陣中見舞い」 

http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201508/0008292840.shtml

「井戸さんだってもらったてただろう?」
「ん?何をですか?」
「・・・も、もらってなかったの?」
その会話で、全てを理解した。
この地だけで選挙をしてきている人にとっては、その特殊性、異常性を感じることはないかもしれない。
清廉潔白を貫けばはじき出され、ありとあらゆる嫌がらせを受ける。
心にやましさを感じつつも、それをありがたく受け取って、共に秘密を抱える仲間になることが生き残る道でもあったりする。
青くなって、口裏を合わせている人々の姿が目に浮かぶよう。
徹底的な真相究明を。
そして同様事例についても、表に出してほしい。

2015年8月 7日 (金)

「公共」を学ぶ機会

いつものように東京に向かう新幹線内。

前の4列20名ほどが全国大会に行く運動部とおぼしき女子中学生?の団体で、うるさくてかなわん。

自撮り棒で写真を取りまくる。挙げ句の果てにはスピーカー音量で音楽まで。

乗客から苦情を受けたらしい車掌が再三注意もするが、態度は変わらず。

思わず立ち上がり、彼女たちの前に仁王立ちして注意する。

「新幹線は『公共の乗り物』ってわかる?プライベートな空間とは違う。病気の人もいれば、ここでしか眠れない人もいる(←ワタクシ😭)かもしれない。そういう人たちのことも考えて、マナーは守ってほしい。行きもそうだし、帰りもそう。
運動部だよね?特に女の子たちにはがんばってほしいと思っている。
だからこそこの車両に乗っている人たちは、みんな残念に思っていると思うよ。
マナーは守って!お願い」


彼女たちに通じただろうか?

しかし。

彼女たちが「公共を学ぶ機会」はいままでなかったのだろうか?

まわりの大人たちは顔をしかめながらもほとんどが無言で目をつぶっている。

または車掌に文句は言うが、彼女たちに直接注意はしない。

彼女たちの年頃の場合、不利益を被っている人が姿を表して言わないと、なかなか理解できないのかもしれないと思うと、母としては立ち上がらずにおられなかった。

しかし、一番のびっくりは顧問の先生も同乗しているということだったりする・・。

先生、がんばろうよ〜。

2015年8月 6日 (木)

戦後70年。日本人が問われる夏

小学校4年生のとき、初めてひとり旅をした。
仙台から、単身赴任をしていた東京の父の元へ。
当時は新幹線もなく「ひばり」という特急列車に乗って4時間の旅だった。
私の隣に座った品の良いご婦人に、母は「くれぐれもよろしく」と言った。
ご婦人は「わかりました。大丈夫ですよ」とにっこりして答えた。
列車が出発してしばらくすると、ご婦人は小声で言った。
「私、占いができるの」
占い・・・。
ワタクシの家の裏は神社で、神主のおんちゃんは時折、人に頼まれては家相や困りごとの行く末を占っていた。愛人の巫女さんをスクーターの後に乗せて行く姿は時に嘲笑の対象だったりもして、子ども心に感じた淫靡な雰囲気も含めて、それはなんとなく妖しいものだと思っており、だからこそ「占い」と聞いた瞬間にいやな予感がした。
「あなたの誕生日はいつ?お母さんは?お父さんは??」
立て続けに質問をしたあげくに言った。
「お母さんは69歳で亡くなるわ」
そんな・・。
それだけで胸が張り裂けそうになる。
「それとね、あなた、約束して。広島の人と結婚したらダメよ」
広島の人・・。
ワタクシは西城秀樹のファンだった。「ローラ」と歌う時の目線はワタクシにだけ送っていると信じていた。それは秀樹とワタクシ、ふたりだけの秘密だった。秀樹は広島出身だ。それがなぜ?
「原爆があるからね。広島出身の人はみんなそれ持っているから、怖い後遺症が出るから、子孫に。広島の人は子どもを産んじゃダメなの」
嘘っぱちだ。そんなことはない。
怒りが湧いて、しかし10歳のワタクシはそれを言葉にすることができなかった。思いを飲み込む。ぐい、と。
そのうち、頭まで痛くなってきた。どうしよう。もう限界。
そう思った時に列車が上野駅についた。
「お父さん」
ホームに降りて父を見た瞬間、私は吐いた。
父は乗り物酔いだと思ったらしいが、それは違った。
私はご婦人を今も許さない。
ありとあらゆる差別と闘う人生になったのは、10歳のワタクシに訪れたあの日がきっかけだったのかもしれないと思う。戦後30年目の夏だった。

そして、それから40年が経つ。
戦後70年目。日本人が問われる夏となっている。
原爆が投下された日。犠牲者とそのご家族に心からの哀悼と、、長い間偏見を受けながら生きてきた、生きている全ての方々とともに、私は闘い続けることを改めて誓う。

2015年8月 5日 (水)

政治家と「失言」

 政治家の言動が話題になっている。

 特に若手2人の衆議院議員。
 滋賀4区選出の
武藤貴也衆議院議員は平和安全法制に反対する学生団体SEALDsの国会前抗議について自身のTwitter上で「『だって戦争に行きたくないじゃん』という自分中心、極端な利己的考えに基づく。利己的個人主義がここまで蔓延したのは戦後教育のせいだろうと思うが、非常に残念だ」と投稿し、炎上。また、上西小百合主議院議員が「本当の自分、そして政治にかける思いを伝えなければ」と考えて出版を決意しました」(NEWSポストセブンより)として出版する フォト自叙伝「小百合」(双葉社)については、それを読めば「政治にかける思いが伝わるのか?」といった批判も相次いでいる。

 どちらの言動も政治家としてはマイナスのように思うが、「悪名は無名に勝る」(by竹下登元首相)という政治セオリーからすると、彼らは王道を行っているとも言えるのかもしれない。

 

 政治家の「失言」は今に始まったことではない。

 先日も書いたが、今「1960年」を扱った沢木耕太郎氏の『危機の宰相』を読み直している。

 60年安保の混乱の責任を取り辞職した岸信介の後を受けて総理になった池田隼人元総理の「所得倍増」を掲げて闘った人々の物語だ。
 池田勇人と言えば、「貧乏人は麦を食え」と揶揄された演説や「五人や十人の業者が倒産し、自殺しても、それはやむをえぬでしょう」という記者会見の発言が大々的に報道され、不信任案を上程されるまでの問題ともなるなど、失言が多かった政治家だとして認識されている。
 『危機の宰相』は1977年に書かれた内容を決定版として書籍化されるまで27年がかかっているのだが、私が最初に読んだのは2006年の4月だ。

 県会議員にはなっていたが、衆議院議員にはまだなっていない。国会で活動した経験をもとに、読み返すと、いろんな意味で圧倒される。

設立当時は池田の池田を取り巻く官僚出身の議員やスタッフを中心に形成された池田の後援会のようなものだった「宏池会」は会報を出し、驚くことに各地で行った演説や、パーティでの挨拶まで速記録をとっており、今なおそれを保存している事実だ。

 TwitterFacebook、ブログと言う手段がなかった時代でも、政治家がいかに「言葉」を大切にしていたのかを表していると思う。

 誰もがスマホで画像を撮れる時代となった今でも、たとえば民主党の「グループ」でそこまでやっているところなどはないだろう。
 日々の政治活動の「記録」が歴史そのものになっていくという認識と気概が、当時の「宏池会」にはあったのだろう。


 そうした中で意図的であるか否かにかかわらず舌禍を起こし、政治生命にもかかわる事態にもかかわらず池田勇人が総理にまで上り詰めたことについて沢木耕太郎はこう書く。

 「池田がその致命的とも思える放言癖にもかかわらずなぜ許されて来たのか、また、一癖も二癖もありそうな人材がどうして周囲に多く集まって離れなかったのか理由の一端がわかる。いやそれ以上に、細切れのエピソードからはうかがうことのできない、池田勇人という人物の全体像がくっきりと浮かび上がってくる」(P79

 そしてこの項をこう結んでいる。

「おそらく、将たる者は人に好かれているだけでは足りない。人を好きになる能力が必要なのだ。この挨拶の中には、池田の人を好きになる能力といったものがはっきりと映し出されている」(P87

 

 池田や、この項に出てくる前尾繁三郎も病を越えて政治家になった。池田は新妻の死も含めて、ある意味地獄を這う。

 しかし、病気で多くのものを失ったが、逆に得たものがある。 「正直」である。
 宮澤喜一が「どうもあなたの正直は、ただの正直とは思えない。札所を廻ったとき、もし直ったら一生自分は嘘をつかないという願をかけたんじゃないですか?」と訊ねると、池田は「その通りだ」と言ったそうだ。

 「正直」とはl国民に対しての「誠実」とも言い換えられるのだと思う。

 比べるのには無理がありすぎるだろう。

 ただ、今、取り上げられている彼らには「正直」が感じられるだろうか。

 「悪名は悪名」なのである。

2015年8月 4日 (火)

成人無戸籍者が初めて「学校」に行った日〜シンポジウム@早稲田大学を終えて

8月2日(日)早稲田大学にて『無戸籍・嫡出推定・再婚禁止を考える』シンポジウムを行いました。

当事者4名、支援団体、弁護士、学者、そして市民の皆さんが一同に介した画期的な会合となりました。
当事者のうち2人は小学校にも中学校にも行っていません。
「生れて初めて学校に入ったのが、大学なんて」と。
この日が本当に「初めての学校」だったのです。
早稲田大学で開催できたことにも大きな意味があったと思います。
「弱者のための法律家たれ」という「早稲田大学建学の母」小野梓氏の話を引きながら最後を締めてくださった法学部長さんの言葉は感動的でした!

そして。
水野紀子先生、二宮周平先生、棚村政行先生と、我が国の親子法の権威のお歴々が揃われ、ご意見を伺うことが出来ました。
これを機会に議論を恐れず、あるべき法改正に向けてのプラットホームが作れたら、いや作るらねばと新たな決意をいたしました。
もしかしたら、明治民法制定以来、最大のチャンスが来ているかもしれないのだから。

若手弁護士さん、そしてボランティアの皆様にはお支えいただきありがとうございました!!

見果てぬ夢〜『未完の6月』

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ノンフィクション作家の沢木耕太郎氏には、雑誌連載原稿があるにも関わらず単行本化していない作品がある。
『危機の宰相』もそうだった。
1977年、ノンフィクションライターとして出発したばかりの沢木耕太郎氏は『危機の宰相』の原型となる原稿を書いた。250枚を取材を含めて1ヶ月半で。長いので50枚ほど削ったとある。
岸信介退陣後、政権を引き継いだ池田勇人とエコノミスト下村治、宏池会事務局長田村敏雄・・大蔵省という組織の中で敗れた3人を軸に『所得倍増』という夢を現実化して行く過程だ。
もちろん、沢木氏はそこに松下圭一を登場させ、『「朝日ジャーナル」に発表した「安保直後の政治状況」という論文において、ある種の無念さを込めて次のように書かざるをえなかった。池田内閣は《安保から経済成長へと完全政治気流のチェンジ・オブ・ペースをやってのけたかのごとき観》がある、と。」(P24)と「夢」が別の側面を持っていたことも指摘している。
その2年後の1978年に書き終えたのが『危機の宰相』と同じ1960年に起こった浅沼稲次郎暗殺を扱う『テロルの決算』だ。単行本化された後に大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞し、沢木氏の書き手としての位置を不動にしていく。
1960年を扱った作品はもう一作ある。『未完の6月』である。こちらは今も刊行されていない。その題名とおり『未完』となっている。
沢木耕太郎氏は当初「1960」という三部作にしようとしていたのだ。
体制側の提出した夢と現実として「所得倍増」の物語。
右翼と左翼の交錯する瞬間としての「テロル」の物語。
学生運動とメディアの絡み合いが生み出した「ゆがんだ青春」の物語。
1947年生まれ。まさに団塊の世代。1960年は中学生だ。
その、まだ誰でもない目で見た「時代の記憶」を辿りながら、日本の歩んだ道を浮き彫りにして行く。
『危機の宰相』に戻る。
この原稿はその後27年という時を経て、単行本化される。それだけの時間が必要だったのは、単行本にまとめるよりも次の原稿を書きたかったからだと沢木氏自身が告白している。
『危機の宰相』には構成上、いくつかの難点はあり、「一人称」と「三人称」が混在していた。
沢木氏はニュージャーナリズムの影響を受けた中で「徹底した三人称によって『シーン』を獲得する」ことに強く反応した、とある。「シーン」こそがノンフィクションに生命力を与えるものなのではないか、と。
ノンフィクションを書いてみて、今まで意識していなかったことがすとんと落ちてくる。
「シーン」を作るのは「視点」なのである。「目」なのである。
団塊の世代として60年安保から伸びて来た長い道を歩いて来た沢木氏が今の時代をどう見ているのかが知りたい。
以前にも書いたが、団塊の世代の人々の声が聞こえてこないのは残念すぎる。
『未完の6月』に「了」の文字を押すのは『今』なのではないか。
それは見果てぬ夢、なのであろうか。

2015年8月 1日 (土)

ヤジも消えた 参議院本会議 林久美子議員の質問

http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php
昨日の参議院本会議。
『女性の職業生活における活躍法案』についての林久美子参議院議員の代表質問。
最後の3分間(32分〜)30代の無戸籍女性を紹介しながら、法の狭間におちて活躍したくてもできない女性たちがこの法治国家日本にいることを指摘した上で、この法案が弱い立場にいる女性たちに対して十分な配慮がないと有村大臣を正しました。
それまでヤジが飛び交っていた議場が静寂となり、胸に迫るものをこらえて演説する林議員の言葉に集中しているのが画面からも伝わってきます。
今までどこに行っても「存在していない」とされ、生きる基盤すらなかった女性たち。
林参議院議員がいなかったら、「無戸籍ゼロタスクフォース」を含めて無戸籍問題は動きませんでした。
無戸籍問題に限らず、多くの「声をあげられない人々」に寄り添っていただいていることに、支援の現場にいる一人として心から感謝します。
ありがとうございます!!

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