« 2016年6月 | トップページ | 2016年8月 »

2016年7月

2016年7月19日 (火)

型破りと型通り〜政治家青島氏の直木賞受賞に思ふ

今日は芥川賞・直木賞の発表の日である。
過去の作品をくくっていたら、青島幸男元東京都知事の「人間万事塞翁が丙午」が。
芥川賞受賞者が政治家に、という石原慎太郎氏パターンはあっても、現職の参議院議員で直木賞受賞というのは後にも先にも青島氏だけかも。
石原氏と青島氏は同い年で、1968年の参院全国区で石原氏が1位、青島氏が2位。常にライバルでもあった。
文学賞も、国会議員も、東京都知事も、全く違うタイプではあるが、まるで追っかけっこをしているように、抜いたり抜かれたりを繰り返す。
ちなみに「政見放送」が行なわれるようになったのは、青島氏の提言からだと言う。
「テレビを使って、マスに訴える」
その頃から候補者擁立や選挙活動自体も、それ以前とは違う尺度が生まれたのだろう。

選挙が続く。
自分以外の人の街頭演説を観る機会が多くある。
大抵、いつも同じパターンの繰り返しである。
街頭演説は落語や歌舞伎に近いのかもしれないと思う。
同じ党の候補者の演説は全て一緒に聞こえたりする。
一方で、内容はほぼ同じでも、語る演者によって、全く違った響きを持つ場合もある。声の調子や速度もそうだけど、そこはお客を見ての瞬時の構成力、即興力、つまりはアドリブ対応ができるかの運動神経の差でもある。
「脱線して本音を見せる」というのは、政治家の側からすると聞いてくれている人への「サービス」という意味合いもある。ちょっとハラハラさせないと、人は聞く耳を持ってくれない、という側面もある。
田中角栄氏の演説が人を引き付けたのは「型」を持ちながらも、つねに「型破り」をしていたからだろう。
ただ、今のようにパソコン上で演説画像が再生できるようになると、ちょっとした言い間違いも命取りになるから、誰もが「型通り」の範疇で留まろうとする。
つまんない。
「もう一度聞きたい」とか「もう一度読みたい」と思うような型破りは演説はもう、そうそう生まれないのであろうか。
まあ、人を鼓舞する演説が、政治的に良い結果をもたらすかと言うとそれはまた別なのだが。

直木賞を取った時の政治家青島氏は、まだまだ面白い仕掛けをしてやろうと思っていたんだろうな。
都知事になって行き詰まった時に、型破りだった過去の自分にどう言い訳したのだろうか、などと思う朝である。

2016年7月18日 (月)

ネガティブキャンペーン

知性も教養も、品格も備わっている・・はずの人々から発せられる
ネガティブキャンペーン。
右とか左とか、主義主張にも、属性にも関係ない。
自分では正誤が確認できない情報だとしても、躊躇なく次々と繰り出す。
気に食わないものを、上から目線で叩いけば、それで「正義」の具現化できると言わんばかりに。

なんでそんなに焦るのだろうか?
無自覚にみえても、心のどこかにある「やましさ」の裏返しのようなものなのだろうか。

今の時代、自分が忘れても、どこかで足跡が残る。
シェアの嵐の中で、思うこと多々、である。

明日19日朝、bayfmの 「POWER BAY MORNING」にゲスト出演します!

明日19日朝、bayfmの
「POWER BAY MORNING」に
ゲスト出演。
無戸籍問題と拙著「無戸籍の日本人」についてお話します。

朝6時台には、パーソナリティの
斉藤りささんによるインタビュー。

8時台には、『無戸籍の日本人』の
本をご紹介くださいます。

ちょっと早い時間ですが、
連休明け出勤前、ご都合のいい方は
ぜひbayfm78、お聞きください。

関東エリア以外の皆様は
PCやスマホからradikoでどうぞ!!

‪#‎bayfm‬ ‪#‎radiko‬

13669236_1069553429792175_9530271_2
13770532_1069553459792172_481394966

2016年7月17日 (日)

人生なんて謎だらけ

昨日、ふとしたことから、拙著「無戸籍の日本人」でも言及させてもらったある方が亡くなっていた、ということを知る。
交通事故ということだから、ご本人もよもや、であろうと思う。
取材のメモを捲る。
そこには彼女が早口で語った親族の名前がひらがなで走り書きされていて、その上に矢印が引っ張ってあり、漢字が記されている。
テープにとっただけでは漢字までわからないから、聞き漏らしてはならぬと確認した痕跡だ。
彼らの名前をあらためて検索してみる。
この国が歩んで来た「大正」「昭和」という時代がくっきりと見えてくる。

人生なんて謎だらけ。

いたずらっ子のような笑顔を思い出す。

ご冥福を。

2016年7月14日 (木)

「都市部モデル」ではなかった東京の選挙

『世界』(岩波書店)に「秘境の村社会 地方議会は変われるか」を書いたのは2014年の夏、2年前のことだった。
伏魔殿・東京都議会のことが話題になっているが、
その後、選挙区が東京に移り、気がついた最大のことは、
東京23区での選挙は「都市部モデル」ではなく、むしろ「地方モデル」「秘境の村社会モデル」である、ということだった。
そう考えると、都議会のボスの存在や、密室で様々なことが決まって行く過程も含めて納得できる。

そのワケは東京23区が特別区であることと密接に関わる。
中心部が政令市となっている神奈川や兵庫とは根本的に違うのである。
何が違う?
議員の数が、である。圧倒的に。
国政選挙や都道府県知事選挙で重要な点は、強固な後援者を持つ地方議員がどれほどいるか、である。彼らは実動部隊として動くから、通常、その数の差が陣営の強さの差と比例する。
以前も書いたが、神戸で選挙をやっていた時のワタクシの選挙区兵庫1区の場合、県会議員は定数3、市会議員は定数9。このうち自民党はそれぞれ、1と3。民主党は1と2。実はそんなに変わらなかった。
これに対し、一般市が中心だった宮城4区の場合、県会議員は定数2で市町は2市9町。その全てに議会があるので、地方議員は合計で約120人ぐらいいるわけだ。そこで、民主党の県会議員は0、市会議員は1。つまりは地方議員だけで比べると1対119、みたいな形になるのだ。
東京の特別区を見てみよう。例えば大田区の場合、定員50名。
自民党が16、公明党が12、民進党が5、共産9、維新2、無所属6。
たぶん、この勢力図はどこの区もそう変わらないであろうと思う。
政令市だったらつかない差が、これだけつくのである。
この差を埋めるものが「無党派層」といえるわけだが、そうそう風は吹かない。だからこそ日常活動を厚くなければならない。
地域の区議会議員が多くいる、ということは、地域の陳情・要望を細かく聞き取り、その都度答えを出して行く、また冠婚葬祭やお祭りや会合出席も含めた地域密着的な政治が行われているということでもある。
「ドン」が生まれやすい土壌でもある。
一方で地方政治がオール与党になりやすいのは、与党でいないと予算を始めあらゆる所でアウトプットが出し難くなる、ということにも起因しているように思う。
・・と言う感じに、選挙続きの毎日の中で、続編書けそうだな、と思いながら、ビラを配り、マイクを握りつつ、一方の頭ではついつい、「東京という名の秘境の村社会」を思索、分析しております。

日本の政治構造を問う東京都知事選挙

今日から東京都知事選挙が始まる。
この間の、与野党ともに候補者選びの過程を見るにつけ「なんだかな」と思った人も多いのではないか。
なぜ、こんなにドタバタ・ジタバタするのであろうか?
答えは簡単、である。

任期途中での辞職、だから。
通常、知事はじめ首長は任期途中で辞職しない。

つまり、知事や市長が引退する場合、その時期はたいてい予定調和。「後継者」を指名して「花道」を飾るというのがお決まりのパターンである。その「後継者」はもちろん「与党」である政党・議会と事前にバッチリ調整である。
それに対して「野党」の方はなかなか候補を作ることができない。
おっと、ここで大事なのは、地方議会の場合の「野党」の位置づけは国政の構図とは違う、ということだ。
地方議会での与野党の構図は「自公民」であることが多い。
そうした中で跳ねっ返りで無鉄砲な若手が挑戦する、ということがあっても、国政の構図としての与野党対決にはなり難く、支持基盤の薄い中で広い選挙区をカバーしなければならない知事選挙は最初から勝負が見えているから、ガチで対決、とはならないのだ。
もちろん例外はある。
最近では滋賀県が国政の構図で戦い、国政での「野党」側が勝利したケースであるが、それは県議会で自公以外の勢力がそれなりの存在感を持っている稀有なケースとも言える。
というわけなので、いつも知事選は「自公民」VS「共産」というパターンとなる。
おっと、話がそれた。今回の候補者選びに話を戻す。
舛添氏の突然の辞任によって、その予定調和が乱された。猪瀬氏も同じパターンだったから、次回2年後のレギュラリーの選挙こそ予定調和でいけると、誰もが思っていたはずだ。すくなくとも2期ぐらいは舛添氏で行くだろうから、都知事を選ぶ、なんてことは誰も想定もしていなかったのである。
しかも参議院選挙が直前にあるというタイミング。
それぞれの政党の持ち駒を見ても「誰も残っていない」というのが現実である。つまり、良い候補者がいたら、すでに参議院で声をかけていて、出たり、断られたりしている。また適任である人はもちろん他のやりがいのある仕事についている場合が多い。
やりたい!という意欲と能力があった人がいたとしても
また今回はカネ絡みの辞任だ。
立候補か?とささやかれただけでマスコミの執拗な追求が始まるから、挑戦したいと思っても、家族を含めて反対にあって断念ということもあるだろう。

今回の選挙で、最も準備が整っていたのは宇都宮氏だろう。
「出ない」という決断を下すことは、「出る」よりずっと重いことだと思う。支援者の方も含め。
小池氏の爆走ぶりは面白いし、小気味もいい。が、その根底にあるものを良く見極めないといけないと思う。本当に思うなら、もっと前から指摘して、行動することはできたのだから。
民進党、野党4党は鳥越俊太郎氏を統一候補とした。
参議院選挙を経て、それぞれの政党にとっては自覚と覚悟が問われた結果なのだと思う。
今回の選挙は、政治史的にも、政治学的にみても大きな事象ともなることだと思っている。
地方議会における「与党」とはなんぞや、ということが問わる選挙でもあるからだ。
そしてそれはまさに日本の政治構造そのものを問うものでもある。
首都東京。

ドタバタだからこそ見えてきたものもあるのである。

この知事選挙がその起爆剤になることを期待している。

2016年7月 1日 (金)

選挙応援にみる保険と投資

国政選挙は党に所属している議員や政治活動者だけが、公認・推薦議員の応援活動するというわけではない。
実は無所属議員や少数政党で自前の候補者が出ていないところに所属する政治家たちも、
政治信条だったり、個人的なつながりをもとにして、党派に関わらず選挙応援に入る場合がある。
純粋に候補を当選させようと頑張るケースもあるにはあるが、大抵の場合、己のステップアップ(次の公認や国政他への転身)のためのプロモーションだったりする・・。
そういう目で全国で行なわれている選挙戦での人々の出入りを見ると興味深い。

保険をかけたり、投資をしたり・・。(まあ、これは党に所属している政治家一般にも言えるけど☆)
日々流れて来るSNSでの投稿で、政治家の未来の行動が予想できる、とも言える。
選挙資金の流れなんかも、ちらっと見えてきて・・その辺は魑魅魍魎ですわなあ。

« 2016年6月 | トップページ | 2016年8月 »