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2016年10月29日 (土)

髪は「政治家」の命??

先般行なわれた東京10区、福岡6区の衆議院補欠選挙。
民進党にとっては厳しい船出となった。
鈴木候補が「丸刈り」となって落選の弁を述べた、ということを知った瞬間、「えええええ〜」と心の中で50歩ぐらい後ずさりをしてしまった。
が、ひと呼吸おいて同じ候補予定者という立場からみると、そこには「言語化できない」ものの「可視化しておきたい」様々な思いがあるのかもしれないな、とも思った。
まあ、本人が単に「すっきりしたい」ということであれば他人がとやかくいう話ではないが、そこに「他者への謝罪」が含まれているのであれば「そこまでしなくとも」とも思う人も多いだろう。

さて。
選挙結果にまつわり「髪の毛」の扱いを自らの反省や決意の一端とし、「臥薪嘗胆」の象徴とした政治家は過去にもいることに気がつく。
そう、直近では今回の選挙の主役であった小池百合子都知事だ。
「切る」でなく「切らない」という形でだが。
なにげにググっていたら、それを自ら語るドンピシャなシーンがあった。
「髪を伸ばそう、じゃなく、切らないんです」(by百合子氏)
「簡単で、お金がかからず、効果がある」最善の方法が「髪を切らない」だったという。
そこに他者への謝罪はない。
あるのは政権復帰への、そして自らの小選挙区勝利への「戦略」のみだ。

思いを遂げた後は「断髪式」までやった。
断髪直後、彼女はこう挨拶している。
「全くの不評でした。10人の人にどう?と聞いたら11人が似合わないと言いました。なんでひとり増えているかというとワタクシ自身がそう思っていたからです」
ショートカットがトレードマークであった彼女が、3年3ヶ月の間、髪を整えず、伸び放題、しかも自分でも「似合っていない」という状況に身を置くことを想像するに、その執念深さをある意味恐ろしくも感じる。同時に、よくぞやり通したなとも思う。

「自分の姿を実物よりも少しでもキレイに見せたい」と思うのは古今東西老若何女共通の思いだろう。特にテレビに出、その美貌を常に賞賛されてきたであろう百合子氏が、髪をひっつめ、今まで着ていた服ともアンバランスとなった状態を心地よいと思っていたとは考えられない。
毎朝、鏡を見る時にどんな気持ちだったのだろうか。
それを自分だけでなく、人目に晒すことによって、さらに自分を戒め、反撃へのモチベーションをあげ続けたということなのだろうか。

百合子氏の「髪を切らない」という戦略の終着点は先にもあげた「断髪式」である。
ワタクシ含む多くの女性にとっては髪を切っている瞬間は相当にプライベートな瞬間で、ある意味風呂場の延長上にあるとも位置づけ。
できることなら濡れてウエットな状態は人目にさらしたくない。
美容院、マッサージ、エステ他、そこはまさにオンナの舞台裏。
他者には見られたくない。

それを堂々と、オフィシャルな場で、身近な後援者はもとより、取材まで呼んで、全国津々浦々知らん人までに・・むしろ「見てほしい」「伝えてほしい」と思うのは、まさに自らの裸を晒す覚悟と自信あってのことだと思うのだ。

ただ・・全てをさらけ出しているかと言えば、百合子氏はそう見せることで「本当に守りたいこと」は絶対に守っている・・ということをアピールしているのではないか、と、政治業界歴が長く、ひねくれた?ワタクシは思ってしまったりする。
共有者たちは、こうしたたびに彼女と自らの忠誠を確認しているはずだ。
だからこそ、彼女はここまで辿り着いた・・のかもしれない。

いずれにせよ、このYOUTUBE。https://www.youtube.com/watch?v=tyeesaMJBzE

https://www.youtube.com/watch?v=tyeesaMJBzE ハサミを入れられる時の表情やちょっとした会話の中ある「原始バザール経済(含○○)」、最後に髪を整える美容師の先生のハサミの入れ方と切った後の髪の扱い等々、百合子氏研究者必見である。

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