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2016年11月 1日 (火)

百合子氏の死角〜その①

もはや、百合子氏は気がついているんだな、と思う。
自らの「死角」に。
気づいているなら「死角」であるはずはないのだが、
そのそぶりさえ見せていないのは百合子氏の百合子氏たる所以である。

その「死角」とはなんであろうか。

①軽い「後継者」

よく言われることだが、小池氏はその時々の実力者にすり寄り、くっついたり別れたりしながら、自らの政治的位置を保持、高めて来た。
今回、初めて権力者に抗うことで、闘いを有利に進める戦法に出たのだが、日本新党→ 新進党→自由党→保守党→自民党と出入りの多い道を歩んで来た彼女も、自分の身内を固めるのはあまり得意ではないらしく、党内においての手勢は多くはなく、また「後継者」についてはビミョーな選択をしている。
寄りかかられるのは不得手。いつでも逃げられる、身軽な体制でいたいということがその後ろにはあるのだろうか。

今回の補選に関して述べる前に、彼女が「後継」を立てた2005年、郵政解散の時を振り返ってみよう。
小泉純一郎氏の立てた「刺客」として、彼女は兵庫6区から東京10区へと転区する。
泣く泣く??
いや、当時地元で言われたのは、彼女の情勢は決して良くなく、小選挙区では敗れるのではないかという噂が飛んでいた。
逆に言えば渡りに舟の転区だったとも言える。
そこで彼女は自らの後継にある意味驚きの?選択をする。
木挽司氏。当時の伊丹市議会議員だ。今回の「7人の侍」よろしく、彼女を地元で支えるイエスマン。
人柄は良いと評判だったがいかんせん地味。その時まで国政に出ることなど微塵も考えていなかったことは明らかだった。
さて、その後継・木挽氏はどんな政治人生を歩んでいるのだろうか。
郵政解散では当選するものの、2009年の郵政解散では落選。その後は捲土重来を期し、自民党衆院兵庫6区の支部長に就任し活動をつづけるが、翌年、突如として川西市長選に挑戦を表明。自民党は既に現職市長支持を表明していたため、兵庫県連は木挽氏の除名を党本部に申請、総支部長活動費800万円の返還を求めた。市長選挙ではダブルスコアで敗れ、政界引退を表明。
・・・つまりは組織と喧嘩して別れる。
ん?どっかで聞いたことがあるような。
そうなのだ、今回と似た展開?とも言える。

続いて、今回の若狭氏のケースである。

若狭氏は元東京地検公安部長。弁護士。テレビにも出て事件他の改札等を行なう等、それなりの知名度はある。
2013年の参議院選挙全国比例区に、自民党公認で出馬するものの、最後の議席を太田房江氏と争い、落選。
参議院は6年間あるので、他の選挙に転出等で、次点ならずも次々点ぐらいまでの人には任期中、いずれかのときに思わぬ時に繰り上げ当選の見込みがある(元巨人・堀内恒夫氏のように)し、次点ならばかなり早いうちに議席が回って来る可能性がある。

しかし、彼はその次点の座を捨て、2014年、衆議院に鞍替えを選択した。小選挙区ではなく比例単独候補として。
議席を持っていないわけだから当然ながら名簿順位は小選挙区を闘った人々の下。比例重複が24位まで来ていて、その後・・に来るはずが、25位には元経産省の鈴木隼人氏、26位は料理研究家の前川恵氏、その次の27位が若狭氏だった。上西小百合議員との会食で有名となった?赤枝恒雄氏が28位がその次。
この名簿順位を見ても、次点というポジションを捨ててまでの覚悟を示した若狭氏が自民党内で十分に評価されているとは言い難い。
若狭氏にはこうした不満が潜在的にあったに違いない。
そして党の判断によって順位付けがされる比例区ではなく、次の選挙では是が非でも小選挙区を取らねばならない。

小池氏が都知事に転出するのは若狭氏にとってなによりのチャンスだった。
ただ、党にとっては「1議席増やす」選挙ではない。
ちなみにいわゆる「ゲス不倫」で宮崎謙介氏が辞職、補選となった京都3区の場合も同じように比例区で比例復活をしていた泉ケンタ氏が辞職し、衆議院小選挙区に再び立候補をした。が、外から見れば同じように見える選挙も実情はかなり違う。

まず、補選が取れれば民主党(当時)は一議席増やすことができる。比例では同じ京都の北神圭朗氏が繰り上がる。北神氏も京都4区で小選挙区を持っているから、次の選挙でも現職に復活すればかなり有利になる。
また、京都3区は泉氏以外に勝てる候補はおらず、一旦辞任したとしても小選挙区で勝利すれば1議席も増え、泉氏、北神氏のみならず、党にとっても大きな収穫が望める選挙なのだ。

一方で、若狭氏の場合は、自民党にとってはあまり実がとれない選挙である。
若狭氏から見ればメリットは大きいが。
彼は「比例区選出」では得られない「自由」を得たことになる。
いざとなったら「離党し、新しい党に参加ができる自由」だ。比例区の場合はあくまで離党はできるが、所属していた党が存続する限り、任期中は別の党に参加することができない。
この差は大きい。
若狭氏は自民党内でもそのキャリアに対して十分な評価がないとの居心地の悪い思いをしていたのかもしれない。

ただ、今回の選挙で露呈したのは、若狭氏が小選挙区で闘う十分な後継としての力があるかといったならば、そうでもないかもしれないということだった。百合子氏の応援を受けながら、思ったほどの得票は得られなかったのである。
そもそもの予想では鈴木氏とはトリプルスコア、と言われていた。もっと離れてもいいはずなのに、低投票率を考慮しても、ちと伸び悩み過ぎ。
もしかすると、近々あるといわれる衆議院選本番では190センチの鈴木氏に追い着かれるしれないという危機感を百合子氏なら持ったはずなのである。
これは自民党内が動かなかったということでもある。

さて。
百合子氏の目標は総理、ということは誰もが思うところであろう。
そうなったときには・・自民党という組織をまとめなければならないが、ふたりの後継を見て分かる通りに、彼女も彼女の後継たちも組織をまとめたり、その中で力を発揮するタイプではない。

大統領制(二元大統領制)では光るが、議院内閣制ではイマイチ。

今まで、議院内閣制の中で生きて来た百合子氏は自分の輝き場所を見つけたのだが、先の先にある思いを遂げるためにどう行動して行くだろうか。

兵庫時代から県連等の活動にはあまり積極的に関与してこなかった百合子氏。逆にそれは意図的にかもしれない。

「7人の侍」がどうしたこうした等々は、判断基準に入ってこないだろうな。
だから、軽い後継と手勢なんだもん。

緑のスカーフをたなびかせて、誰も連れず、ひとり孤高ともいえる趣で兵庫県庁に入って行く百合子氏の姿を思い出しながら、そんなことを思う。

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