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2016年12月10日 (土)

「プリンス・ヒロ論」①

ご存知の方も多いと思うが、ワタクシは「皇室ウォッチャー」。

特に「プリンス・ヒロ」を語らせたら、日本有数なのではないかと勝手に思っている。

「雅子さんのことは僕が一生全力でお守りしますから」

働く女子イチコロの言葉を、こともなげにつぶやくプリンス・ヒロ。
何度も断られつつも、諦めず、愚直に欲しいものだけを求めていく姿に、プライドをそもそも持つ必要がない究極のセレブリティ故なのだろうかと思ったりした。

しかし、そんな「プリンス・ヒロ」ウオッチャーのワタクシが、
どうしても攻略できない山がある。

柏原芳恵。

そう、プリンス・ヒロは柏原ファンなのである。

柏原は1965年生まれ。
どうでも良いことだが、ワタクシと同級生(笑)
キョンキョン、明菜他、ライバル多しの昭和40年巳年世代である。
たまたまだが、周りに柏原ファンがおらず、どの層が柏原ファンなのかがわからないのだが、
ブルック・シールズファンでもあることも重ねれば、おぼろげだがストライクゾーンがわかってくる・・ような気がする。

で。
その謎を解明したくなって、iPodになぜか入っていた!!柏原芳恵のライブアルバムを聴く。
スタジオ録音でなく、ライブ。必ずや素の部分が出て来るからである。
「お・ん・な飛翔〜柏原芳恵リサイタル」。
ちなみに1986年プリンス・ヒロはこのコンサートに行き、バラ「プリンセス・サヤコ」を贈っている。

「わたしも20を過ぎまして、『女』という文字の意味が少しだけ、わかりかけてきたような気がします」

20歳の芳恵。
この回りくどさの奥にある、自己抑制!

なるほど、なるほど、なるほど。

弾けることもできない。
14歳で芸能界に入った芳恵はずっとこうした抑制を自己に課しつつ、振り付け通りに歌い続けて来たのだ。
例えば「ハロー・グッパイ」・・生まれ変わったら、コーヒーカップにはなりたいはずもないだろうに(笑)それが大ヒットという皮肉。
「春なのに」で、ようやく、最後、テンポをずらすところでチラ見程度の自己決定権が見えるが、そここそは逆に「自由になりそうでなれない」切なさ全開。
自分で自分をコントロールできないもどかしさ。かといって、それに反論したりもできないつらさ。
同世代のアイドルたちには求められない役割を、柏原芳恵は果たそうと必死なのである。
まさにそこがプリンス・ヒロの心にバイブレートするのであろう。

「いかがなものか」「人格否定」等々、プリンス・ヒロの会見で発言は、その後の社会に影響を与えているものが少なくない。
この言語感覚も、抑制の中から生まれて来たものなのだろうと思う。

しかし、子どもの頃は、その抑制を密かに家族の中では解いていたらしいというのを知って、驚きとちょっとした安心を覚えた。

万博の視察に来た浩宮と礼宮。弟君はあっという間に飽きて、控え室に時間よりずっと前に到着。
そこの用意してあったお土産を選んで遊んでいた。
しばらくして、浩宮到着し、
「なんでおまえが先に選ぶんだ!!」
あくまで最初に選ぶのは自分で、弟は分をわきまえろ的な感じで、烈火の如く怒るという場面が、「クロトンポイントの夏」(町永妙子著)に出てくる。

それから45年以上が過ぎて、
「生前退位」や家族の体調問題等々、気を遣う日々が続いているのだろうが、たまには芳恵氏の歌を聴きながら、癒されてほしいと思ったりする。

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