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2017年1月11日 (水)

政治業界最も詳細な箱根駅伝解説①

今年も箱根駅伝が終わった。

毎年恒例の解説を書こうと思ったが、連日の政治活動で疲弊していて十分な時間が取れない。
・・ところで、夫が解説を書いていた。
確かに青学はチームとしての調子は悪かった。
が、逆に言えばドンピシャの区間もあった。
箱根や都議選のように試合日程が決まっていてもこうである。
試合がつかわからないで練習を続ける身としてはほんとうに難しいが、逆に言えば、その見極めも含めて衆議院の候補予定者の実力である。
ってことで、まずは第一弾として、夫の解説を載せておく。

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「井戸と智樹のタスキリレー」(←*夫の名前は井戸智樹笑)

個人的話題の最たるものは・・・12月初旬に大学を訪ねた際、相楽監督(部の後輩)に「井戸(浩貴)君と(太田)智樹君のタスキリレー頼むわ、だって俺”井戸智樹”だから:笑」と陳情しておいたのが・・・何とほんとに実現してしまったことだ。

(早稲田の7区→8区)

二人とも中学から強い選手だったので、同じ名前の僕は何年も前からその存在を知っており(太田君は全国の中学チャンピオン、井戸君も駒大・中谷君や青学大・秋山君らと兵庫のTOPを争ってきた選手)。

特に井戸君については色んな関係者から「息子?」「隠し子?」などなどと尋ねられてきた。
三年前の彼の初めての箱根の時には当時の野田総理(政経塾二年先輩) からわざわざ「あれお前の子ども?」と連絡もらったくらいである(笑)。

双方とも兵庫県知事の井戸敏三さんの遠縁らしい(うちの場合は兵庫県新宮町=現たつの市の実家がはす向かい)というのと、僕の先祖の墓が井戸君の実家から100m以内?にあったりもする関係で、彼が(阪大にも合格したのに・・・)後輩になってからは、メシに連れてったりしたこともある。

ともあれ、このマイナー苗字×名前の組み合わせの後輩どうしが、テレビの中でタスキリレーする確率は一体どれくらい「ありえない」ことなのだろうか?
・・・今年の運を新春3日目にしてかなり使ってしまったかも知れない。

さて、その箱根駅伝はご承知のように、青山学院の「圧勝」に終わった。

早稲田は結局2位も守れず・・・わずかな見せ場は5区・安井君が下りに入り33秒まで青学を猛追したこと、また青学7区・田村君のアクシデントに対し、井戸君(往路での負けを受けた”勝負手”で昨年区間賞の9区からこの区間へ)のもしやの逆転が期待されたシーンなど、数えられるくらいだった。

最大の敗因は単純にピーキングのずれだと思う。

秋にものすごく調子がよく、それが正月まで持たなかったケースは僕らの時代(と言って説得力がなければ瀬古選手の時代)にもあった。
10月末だかの高島平20キロでほとんどの選手が大幅自己新を出した!・・・のだが、本番で優勝した順天堂大学の選手の多くは一枚上手で(あくまで正月ピークを意識し)、ちんたらとはるか後方を走っていたものだ。

今回の青学は決してチームとしての調子はよくなく、早稲田同様絶好調とはいえない区間があった(2・7・6・10区)。
 が、青学にはほぼ調子がドンピシャと思われる区間も1・3・5・8の四つあった。

以下、あまり言われていないことを中心に書けば。

1)全日本では「先手必勝」で最終区まで青学を脅かすことができた早稲田だが、箱根でそれができないのは序盤の2区がエース区間だから。青学には2区にエースの一色君がいるので、早稲田もここをカバーすべく1・3区に強い選手を配した。

そこで、まず痛かったのは1区の超スローペース。
東洋大・服部君はトラックほど長い距離は飛び抜けていないにも関わらず、「格」的には誰も彼の前に出られない。
妻(単身赴任中)宅がある蒲田(15キロ地点)で応援したが、集団はほぼダンゴの横一線・・・早くもこの時点で頭を抱えることになった。

で、あまり言われていないこと。
実は各校にとって当てが外れたのは、飛ばし屋である「中央学院のハチマキ1年生」がここに出てこなかったことではなかっただろうか?
出雲の1区、11月の上尾ハーフの前半をハイペースでぶっち切った「ハチマキ君」は今回の3区でも前半を大快走。
彼さえ1区に来ていれば・・・ああした牽制はまず生じなかったはずだ。

2)青学の1区は(1年生鈴木君=不調欠場と7区を走った田村君=風邪)の代役と言える選手。
田村君の不調を知らないファンだけでなく関係者の誰もが、彼のことを「アテ馬」としか考えていなかった。

経験の少ない選手を思い切ってここに抜擢した原監督はやはりスゴい!
スローペースの1区(=力や実績のある選手との差がそう開かない)を見てきっと、勝てる確率がかなり高くなったと感じていただろう。

駅伝各区間の争いは「喧嘩」でもあるので、早稲田の理想としてはここで青学を「潰しにかかりたい」所。
結果はもちろん早稲田のエースが先着したものの・・・「ドンピシャ」に加え「スローペース」の追い風は、実は青学に対して吹いていた。

3)早稲田2区の永山君は数校に抜かれたが、それは全く最小限。
一色君との差を1分以内に抑えたのでむしろ大変よくやったのではないか?
特に集団から遅れてからラスト3キロの登りをよく粘ったことを評価してあげるべきだ。

2区68分というのは割と普通のように言われるが・・・山越えのハーフを62分で走り、かつラスト2・1キロの急坂を6分少しで登らないと出ない記録。
全く他の区間とはレベルが違うのだから。

(ちなみに、わが家でこういった話をちゃんと分かるのは長距離やってる5番目だけ:笑)

4)早稲田3区の平君は名主将らしく序盤から猛追。早稲田の中では今回最も絶賛された選手の一人だ。
が・・・状況的に止むを得なかったとはいえ、前半の5キロの下りで少し足を使い過ぎたかも知れない。
結局、出場すら危ぶまれていた秋山君(一応5番目の大先輩!にあたる)にラスト3キロで24秒も盛り返され、「格」から言えば当然取らなければいけない区間賞を持って行かれた。
要は本当はもっとスゴい選手だと言いたい訳だが・・・この辺が駅伝の「綾」というものなのだろう。

5)5区の登りで早稲田は青学に迫ったが、その差のほとんどは登り区間ではなく、下りに入ってからの差(56秒勝ったうちの46秒がココ!)。
逆に6区では青学が早稲田に1分54秒の差をつけ優勝を事実上決定づけたが、下り区間のタイムは実は10秒しか違わない(早稲田6区の石田君にも下り適正はある!)。

6)1区とは逆に、終盤の「喧嘩」で潰されてしまったのは早稲田8区の太田君だった。
飛ばしても飛ばしてもどんどん離されていき・・・焦り含めて完全にリズムを狂わされてしまったあげく、最後5キロに勝負どころとなる登り坂・・・。
彼は11月に1年生ながらハーフを62分台(チーム4位)で走っていたのだが・・・4分という、ヨーイドンではまずありえない差がついてしまった。

半分は自滅。残り半分はこの区間にマラソン2時間11分の選手を置ける青学はやはり強かった! てことになろう。

7)出なかった選手では昨年6区の佐藤君、10区の藤原君ともに残念だった。
特に佐藤君は最後なので何とか走らせてあげたかった。

メンバーと遜色ない実力を持ちながら走れなかったもう1人は、1年ホープの新迫君。
高校駅伝を最高記録で優勝した世羅の前・主将で、秋の全日本インカレ5千mでは平君・田村君・東海大の1年エース(今回1・2区)らに先着し、一色君とは0・7秒差の4位!の実力者だ。
 報告会で「今回は初めからなかったの?」と聞くと、「少し故障してしまったので・・・」とのことだった。

あまり言われていない部分でもう1人。
チームにとって実際には構成上一番痛かったのは、春シーズン頑張った車田君(2年)がオーバワークでメンバー入りできなかったことではないだろうか。
(今は2-3月の試合目指し別調整中ということなので、是非復活して欲しい)
 

・・・みたいな「たら・れば」を言えばそれこそ切りがないのだが。
後述2名のうち少なくとも1名を往路のスピード区間に配し、復路7区にもう1枚(例えば4区の鈴木君を)残す(井戸君は9区)ことが、チームとしての理想だったかも知れない。

(それだと「智樹井戸」もしくは「井戸だけ」になり、僕的にはちょっと値打ちが下がってしまう訳だけど・・・笑)。

三千障害専門の大木君は今回山登りの控えだったが、「登りだけなら安井さんにも結構つけました」とのこと。

期待しているぞ。

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(以上引用)

来年のピーキングがうまく行きますように。
ま、ワタクシもだがな(笑)

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