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2017年3月 8日 (水)

夫と妻 主人と夫人

園遊会や天皇誕生日等の皇室行事に招かれた時に、配偶者の部分を見て驚いたことがあった。
男性の招待客の配偶者は「○○殿 同令夫人」
女性の招待客の配偶者は、たとえばワタクシの場合は「井戸まさえ殿 井戸☆☆殿」と配偶者名が書いてある。「○○殿 同令夫・・おっと、そんな言葉はないか)」とはならない。
なるほど、女性は俗称で呼ばれる場面でも、男性は常に名前で呼ばれる存在なのだのだと実感した瞬間でもあった。

さて、昨日、男女の差別をなくし、生き方や働き方を考えるというイベントに参加したのは「注目を集める」安倍昭恵氏。
「本当は、きょうは主人も一緒に来られたらよかったんですけど」
男女の差別をなくし・・のイベントでいきなり「主人」と来ますか。関係者が椅子からずり落ちるさまが想像できる。

このイベントの中で昭恵氏が語る言葉には、今回の「森友問題」に主体的でないにしろ巻き込まれた理由が見え隠れする。

「個人としては仕事も能力もないし、家事もできるわけでもないのに、こういう立場になってしまっている。なぜ、こんなに注目を集めてしまっているのか、すごく戸惑っている」
自らの立場と今の状況をこう説明する昭恵氏。
特別仕事を持たず、能力もなく、家事ができない・・でも、総理夫人と言う立場にはなっているのは、「ありのままの自分」ではなく、裕福な家庭に育ち、同じく政治的エリート一課に育った夫と婚姻した結果。つまり実態との「乖離」があることと捉えているのだ。

「専業主婦になって家庭を支えるのが、妻や女性の役割であり、幸せだと言われて育ってきたんですけど、そんな中で、再び総理夫人になってから、すごく活動の幅が広がりまして、いろんなところに行きますし、いろんな方たちから、いろんなことを頼まれたりもしまして、すごくわたしは、忙しくなってしまったんですね」

その「乖離」は夫が再び総理になって以来、さらに開いて行く。夫を支える目的が、いつしか「乖離」を埋める自己実現の手段になったということなのだろうか。

元「政治家の妻」だった経験から言うとその立ち位置は本当に難しい。
前にも書いたが、議会で質問する以外は、夫以上に地元活動をする(できる)適性を持った妻は多い。
政治という仕事は自営業に近くて、心密かに「歳費の半分は自分の稼ぎ」との認識を持っている妻は多いような気がする。
逆に人格的にとても良い人で、能力がある配偶者でも、こと選挙には不向きという人もいる。その場合には逆バネが利くので、政治活動に登場しない(させない)というのが、業界の常識でもある。

話を昭恵氏に戻す。2点。

まず1点目は、
今回の騒動は皮肉とはいえ、まさに「男女の差別をなくし、生き方や働き方を考える」ために、またとない例示となったのではないか、ということだ。
夫と妻、主人と夫人。
専業主婦の延長上にある「総理夫人」なのか、無給ではあるもののプロ意識をもつ職業としての「総理夫人」なのか。
後者の場合は夫の手当にインクルードされているということなのか??等々。

そして2点目。
昨日も書いたが、ワタクシは森友問題については徹底追及すべきだと思っている。今後のためにも、である。

「総理夫人」という立場だからこその「名誉校長」だと認識していたことは、このイベントでの発言をみれば明らかなわけで、教育内容も含めてこれだけの疑問が満載する学校について、自らその実態を調べずして軽率に役割を引き受けたというのは、非難されて当然であると思う。広告塔的役割をになったりすることは容易に想像できたはずだからである。
また周りの「忖度」をもたらすだけの権力の身近にいることに対する自覚が足りなすぎる。
その責任を問われた時に「私人」と逃げるのはあまりにお粗末である。

・・我が夫はまた別の意見かもだが(笑)





http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00351769.html

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