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2017年4月25日 (火)

「プレイ」としての「教育勅語」③そもそもは「夫婦相和シ」ではなかった 

「教育勅語」の成立過程を見ると、それがいかに「プレイ」だったかがわかる。

「御維新とジェンダー」(関口すみ子著 東京大学出版会)を参照しながら、検証してみよう。

「ジェンダー」という言葉を聞いただけでアレルギーというのは「プレイとしての保守派」だと常々思っているのだが、この「御維新とジェンダー」はそうした人々こそが読むべし本。

声高に唱える「教育勅語」容認論がいかに稚拙な「保守プレイ」かと言うこともわかるのではないかと思う。
ちなみに、6200円とお高いが、それ以上の価値は絶対にある。

さて「教育勅語」。

その元となっている「五倫」は儒教が土台とする5種の人間関係とその規範を示している。
「父子親有り」「君臣義有り」「夫婦別有り」「長幼序有り」「朋友信有り」。(「孟子」)

男女に関してはこの「夫婦別有り」が唯一の規範であり、男女がむやみに近づかず、「別」を立てることこそが「禽獣の道」に堕さないで「人の道」を歩む上の核心であり、「礼」の基本であるとの思想である。

しかし、こうして当初は「禽獣の道に落ちないこと」を主眼とされていた内容が、そこから数千年の後、違う解釈がされて広がっていく。

「妻妾に明確な区別を立てる」「男女が『内外』で空間的分離と分業を守る」「婦人が『三従の道』に従う」・・つまり「ジェンダー装置」そのものとして。

実は江戸時代、日本ではこの「夫婦別有り」に対する言葉に対して違和感が強く、解釈を巡って混乱が起きる。

「夫婦別有り」を解こうとするもににとっては、
意外にも男女の役割分担や従属的位置に留まることへの抵抗が強いこと、また夫婦が一体、夫婦は仲良くという「人の道」に対する思想を融和する必要があったのである、

こうした状況の中で「開国」「維新」が起ったのである。

そこから20年あまりが経った1890年(明治23年)、「教育勅語」ができる。

「教育勅語」は草案の段階からもはや「夫婦別有り」の言葉は採用していない。
一方で「相和シ」という言葉になるまでには紆余曲折がある。
時系列で見てみよう。

明治23年3月 明治天皇 文部大臣に対し「教育勅語」起草の勅令

6月 中村正直案(徳育大旨=そもそも「夫婦相和シ」もない)に対して法制局長官井上毅が激しく批判

山県有朋総理の了解のもと、井上毅案作成(夫婦相和シ」)
天皇側近の元田永孚案(「教育大旨」=「夫婦ノ和シテ淫セズ」)

9月 3人が持ち寄った案(「なし」VS「夫婦相和シ」VS「夫婦ノ和シテ淫セズ」)を巡って抗争が起る 

井上案(早い段階で「夫婦相和シ」→「夫婦相和キ(やわらき)」に送り仮名を変更)を軸に元田と井上で修正を繰り返す

9月9日頃 紆余曲折の末元田が天皇に奉答修正案(「夫婦相和キ(やわらき)を提出
元田と井上でさらなる修正 文部提出閣議案取りまとめられるが中村正直から出された「夫婦相和シ」が採用

9月26日 文部大臣吉川顕正から閣議に「徳教ニ関スル勅諭ノ議」が提出 閣議決定

10月21日 内閣から最終勅語案が上奏

10月23日 天皇が元田にさらに検討を加えるよう下問、元田が「相和シ」と「相和キ」と両論併記で奉答 
最後の最後に「夫婦相和シ」で決着
同日天皇が裁可

元田は「相和シテ淫セス」を入れたかったが「淫セス」を入れないのだったらせめて「和キ」の方が良かったということだったのだろうが、井上は強行に「相和シ」を主張する。
そこにはどんな思いがあったのだろうか。

井上にとっては「相和シ」は単に「仲良く」ではない。
彼が「教育勅語発布」と同時期に新聞「日本」に匿名で発表した「論理と整理学の関係」では、「夫婦相和シ」は単に仲良くではなく「一陰一陽一剛一柔」と相反するものの「和合」であり、男女は「一は外を収め他は内を治るに適当なるの固有の性能」を持つとして、「故に、女子に政権を有せしめされざるは各国の同じところに非ず荷名」と、女性の「政権」からの排除を敷衍的なものとして主張して行くのだ。

そして、勅語の起草過程と平行して、第一回衆議院選挙勅語に「集会及び政社法」が公布、女性の政治活動は全面的に禁止。
女は「陰」、井上的に言えば本来の位置に戻すということが行なわれるのだ。
そしてその思いは結実して行く。と、同時に、日本は富国強兵、植民地主義へとさらに舵を切って行くのだ。

さて、関口氏の本だけでなく「教育勅語」が生まれた時代を、ジェンダーの視点から考察した本は、安倍政権他、今の時代の「プレイとしての保守」読み解く上でも多くの示唆を与えてくれる。
「明治維新とジェンダー」(長野ひろ子著 明石書店0
「歴史を読み替えるジェンダーから見た日本史」(久留島典子他編 大月書店)
「歴史教育とジェンダー」(長野ひろ子・姫島とし子編集 青弓社)などなど。
大奥に配分された予算等から、当時の「女権」の強さを検証したり、大変興味深い。
思想や思いで歴史を見るのではなく、数字や事象(歌舞伎演目他)から、当時の等身大の姿をあぶり出す作業を、日本の女性たちが積み重ねてきていることに、感動する思いだ。

「エセ」・・いや「プレイとしての保守」以外の方々にも(笑)広く読んでいただきたい内容である。

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