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2017年4月16日 (日)

「天然キャラ」を支える「実家力」

昨日の「桜を見る会」の安倍昭恵夫人のはしゃぐ写真を見て、「唖然」という人は多いであろう。ワタクシもである。(ま、「騒動」がなければ、籠池夫妻も招待され、意気揚々と参加していたであろう)

たぶん昭恵氏は(晋三氏も)
今後も含めての人生で、たとえなにがあっても、家族も含めて「明日から仕事を失ったり」「生活に困窮したり」「一文無し」どころか「借金苦に悩んだり」などということは「ない」と確信を持っているのだろうな、と思う。
万が一のことがあって「プリズンに入って」も復活でききるしね、と。

その自信の源は「実家の力」にある。
どんなに悪くても夫の、自分の「実家」が助けてくれる。
「実家」、つまりはどんな家に生まれるかは自分では選べない。
いや、違う。彼らは、生まれた段階で「選ばれた」「神さまに愛された存在」だと自分を肯定評価しているのだろう。
50年以上も、大なり小なりの「根拠なき権力」を振るい、「忖度してくれる」周りに支えられつつ「天然キャラ」を否定されずに生きて来られたのは、この家に生まれ落ちることを「神さまがお望み」だったからである。

なるほどな。
そういう人にとっては「家」なるものがなによりが大事。
自分の努力では補えないものこそが「自分の価値」なのだから。

教育勅語や、憲法24条の問題もこうした発想から出ているのであろうと思うと「格差の解消」「子供の貧困対策」などという言葉がいかに白々しく、空しいものかがわかる。

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