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2017年4月14日 (金)

ビラ取りが格段によくなる「ネタ」

朝の街頭演説を終えたあと、ともに活動をしていた吉田事務所長から、衝撃?の報告。

「(あの「ネタ」だと)ビラ取りが変わるんですよ」

演説している方は、目の前を通る人の層を見ながら、微妙に内容を変えつつも、基本的にはその場のノリで話すのだが、ワタクシ的には「語りたいけど、聞く方はつまんないだろうな」と思い遠慮がちに言っていた「ネタ」が最もビラ取りに貢献しているとは、驚きだった。

その「ネタ」とは・・

「教育勅語」!!

ま、街頭演説で、当時の時代背景や登場人物を事細かに解説する人は日本広しと言えどもワタクシだけかとは思うが(笑)

いやはや「教育勅語」に関心が心高いと言うのは、興味深い傾向だよね。

実は政治家は街頭演説しながら、自分内論点整理の一貫としても活用しているのだが、

そうこうしているうちに「定番フレーズ」が生まれ、演説の定型が確立してきて、その人なりの「十八番(オハコ)演説」(持ち歌)が生まれる。

田中角栄とか、小泉純一郎とか、天性の感覚に加えて、なにをどう、どのタイミングで言ったら人の心に響くかを、無数の街頭演説の経験を重ねながら、自分のスタイルを確立してきたんだろうと思う。

そして、その「十八番」を聞きたい人がどれほどいるかというところが勝負の分かれ目なんだと思う。

誰かの文言をコピーしているうちは、どんなによどみなく話せてもダメなんだよね。
ま、いい内容でもそれが頒布、周知されなければ、それこそ意味ないんだけど。

オリジナル曲を作って、歌って、どさ回り・・・。

演歌歌手であろうが、政治家であろうが、営業マンであろうが、やることは一緒。

そして現場で得られる肌感覚こそがその時代を読んだ「今語るべき言葉」を政治家に注入するのだ。

そう思うと、街頭演説の「教育勅語」に反応する、というのは、国民のそこはかとない不安感を反映したものだとも言えるのかも。

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