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2017年4月 1日 (土)

「プレイ」としての「教育勅語」

戸籍、国籍について研究をしていると、
「日本人とは誰か」「日本人とは何か」、
また統治制度の正当性を担保する「国体」なるものを急場で作り上げなければならなかった「明治」という時代性と対峙しなければならなくなる。

いやいや、そりゃ「教育勅語」発布しますわ。
何しろ、社会はここに書かれている内容と逆だったんだから。

歴史を学んだ人はもちろん、中・高校生でも「教育勅語」が自由民権運動へのカウンターとして登場したことは知っているだろう。

怖かったんだよね。

「維新」から20年経つけど、ここらでちょっくら新たなSTORYを作らないと枠組み自体が壊れていうぞ、と。

内容はそもそも明治天皇が書いたのではなく、井上毅を中心として書いたもの。ちなみに井上毅も実は一時発布に消極的だったりもした。
それを恭しく戴き、奉安殿に納め、唱和させることは、明治政府に取って、未だ固まらない「国家」としての「プレイ」だったのである。

で、昨今の「教育勅語」議論の中で、礼賛チーム(笑)が「教育勅語」を否定するっていうのはこんなことであると「逆・教育勅語」を出していて笑った。

例えば

☆「夫婦は仲良くしてはいけません。じゃんじゃん浮気しましょう」

わはは。明治時代はまさにそんな時代。
教育勅語を逆読みしても「仲良くしてはいけない」とは言ってはいないだろうが、仲良くはでき難い環境だったよね。
何しろ、少なからずの数の人々が、好きでもない相手と婚姻していたんだから。
「両性の合意のみ」で婚姻できるようになったのは戦後のこと。逆に言えば「両性の合意のみ」でない結婚とは・・・想像するだけでつらくないか?男女ともにだよ。
でもって、1898(明治31)年の民法・戸籍法の発布に至るまで、公妾制が存在。
好きでもない相手と結婚して、妾もいて、両親の面倒も押し付けられて・・いやいや、そりゃ仲良くできんわな。
ちなみに、例えばワタクシの天敵?「民法出て忠孝滅ぶ」の穂積八束は、
「余は妻を娶りしにあらず、財産を娶りなり」と言ったとの記録もも残っている。
兄夫妻に夫婦喧嘩の仲裁まで入ってもらっている(笑)
「教育勅語」は夫婦間は服従ではなく「相和」だったが、「尊卑の秩序」があると言っていた人が、である。

☆「兄弟・姉妹は仲良くしてはいけません。兄弟姉妹は他人の始まりです」

んだんだ。
ま、「仲良くしてはいけません」については、上記と同様逆訳としては超訳だろうが、
兄弟姉妹は異母・異父入り交じり、さらに家父長制度の中での長子優遇の家督相続。親類縁者と言うより、ライバルだし、むしろ他人に近い関係だった兄弟姉妹がいて思惑が違うというのはあり得るだろう。
これまた相続他の制度的構造がそうさせていた側面も大きいだろう。

だからこそ。
それを補完させるための仕組み=「教育勅語」が必要だったのだ。
毎日唱和させないと「相和」が実現しないと、少なくとも国のトップが思うだけの状況があったと言うことだ。

しかし、この「教育勅語」が発布された1890年(明治23年)〜民法発布までの10年数年の日本を見ると、
政府は今と同じ課題にアタフタしている、ということに驚かされる。

皇位
憲法
教科書問題①修身教科書②歴史教科書(南北朝関連)
言論弾圧

ワタクシは、この「教育勅語」や「森友学園」の問題は、明治以来、決着をつけてこなかった、つけてこれなかった「国体」の問題が表に出てきただけの話だと思っている。

なぜ今、なのか、といえば、それだけ日本が傷んでいるから。

だからといって、過去の反省をなくして、明治時代と同じ「プレイ」をさせようってのはあまりに無理な話である。

いずれにせよ「教育勅語」を掲げ、無邪気に日本の素晴らしさをアピールするのは、皮肉にも「逆・愛国」行為ともなる恐れがあるのだ。

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