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2017年7月

2017年7月31日 (月)

横浜市長選挙における山尾氏バッシングに思う

横浜市長選挙が終わった。
候補者の皆さん、並びにそれぞれの陣営で頑張られた支援者の皆様、お疲れさまでした。

さて、この市長選で最も違和感を感じたのは林候補の応援に出向いた山尾志桜里代議士に対する反応である。

「山尾さんとて組織の命令には背けない。仕方がない」
「連合の圧力があったはず」
「そもそも前原派だから信用していない」はまだ良い方で、ここには書けないような酷い内容もある。

普段「人権」「自由」を尊重する立場で活動をしているであろう人々の、思い込みと偏見に満ちた(たぶん自覚のない)個人攻撃は目に余るものがある。

同業界にいるものの経験として、少なくとも「自主投票」になっている選挙において、党が誰かに対して応援に行けとの縛りをかけることはない。依頼が来たとしても、あとはそれこそ、それぞれの「自主判断」だ。

よしんば批判するにしても、
山尾氏が元民進党の市会議員であった伊藤候補ではなく、林候補を応援したにはそれなりの理由があるはずで、
山尾氏自身にそれを確認せずに、憶測でものを言う人々の感覚が理解できない。
理由を確認した上で、今まで言動と違い、信頼を失うに十分な行為であれば批判をすれば良いと思う。

地方政治は二元代表制のため、
国政選挙とだぶって考えられることが多い。
宮城等の場合は過去の経緯も含めて、そうした闘いの構図になりやすかった。(参議院も一人区だったが、神奈川の場合は四人区他。野党共闘の図式が作りやすく、既に実践もされてきた他)
しかし、日本全国どこでもそうかというとそうではない。

いずれにせよ、今後のためにも、
自分の書いた、もしくは語った内容が的確であったかどうか、山尾氏のところを自分に置き換えて考えてみることが必要な気がする。

2017年7月29日 (土)

代表選を通じて民進党が訴えなければならないこと ①「国籍法」改正も見据えた「公職選挙法」改正

「国籍」の枠組みは、主権者たる国民の範囲を決める民主主義の最重要事項である。
日本人にとってはその権利能力形成を行い、担保するのが「戸籍」である。


にもかかわらず、「国籍法」「戸籍法」には不備や不足、もっと言えば「確信的バグ」があちこちに埋め込まれており、過去から現在まで全ての日本人の権利擁護機能を十分に果たしているとはいいがたい。
 結果、主権者である日本人にも関わらず参政権にすらアクセスできない人々(無戸籍者)がいることは、国家にとっても国民にとっても恥ずべきことであると思う。


 その認識があるからこそ、私は国会議員、国会議員を目指す政治活動者として、国の根幹(佐藤優先生に言わせれば「ど真ん中の政策」)である「戸籍」「国籍」の問題にコミットしながら活動をしてきたのだ。誰にも評価されないけど(笑)

さて、今回の代表選挙だが、民進党はこの機会を通じて訴えなければならないことがあると思っている。

まずは「国籍法」改正を見据えた「公職選挙法改正」である。

 代表選挙中に独占インタビューを行なったジャーナリストの野嶋剛氏は、戸籍開示をした蓮舫氏に対し「国籍問題の敏感さや難解さを十分に理解しないで対応した初動の甘さが大きな代償となりました。」(野嶋剛公式サイト二〇一七年七月二〇日記載)とし指摘しているのだが、
「国籍問題の敏感さや難解さを十分に理解しないで対応」どころか、これに対して沈黙した民進党に対しても国民は信頼感を高めるには至らなかったのではないかと思っている。

 なぜならば、それは「国権の最高機関」である国会の構成要員である「国会議員」を決めるという重要要件とつながるからだ。

公職選挙法第10条(被選挙権)は次のように規定している。

「第十条  日本国民は、左の各号の区分に従い、それぞれ当該議員又は長の被選挙権を有する。
一  衆議院議員については年齢満二十五年以上の者
二  参議院議員については年齢満三十年以上の者
三  都道府県の議会の議員についてはその選挙権を有する者で年齢満二十五年以上のもの
四  都道府県知事については年齢満三十年以上の者
五  市町村の議会の議員についてはその選挙権を有する者で年齢満二十五年以上のもの
六  市町村長については年齢満二十五年以上の者
2  前項各号の年齢は、選挙の期日により算定する。

 さて、ここには実は幾つもの論点がある。
 地方議会議員においては「選挙権」がなければ「被選挙権」が行使できないが、首長だけはそれがないのはなぜか?
 知事には自治省・総務省出身者が多く、居住要件をかけると、いざという時に立候補ができないから、ともまことしやかに言われてもいるが、それも含めて選挙権の居住要件は妥当なのかは、今回の国籍等とは別途論じたい。

 さて、国会議員について見てみよう。

 まず、選挙権の行使だが、小選挙区については居住要件があるが、比例区については一切ない。だからこそ、在外投票が行なわれている。
 被選挙権については居住要件もない。「日本人であること」だけだ・
たとえば、山形県在住でも東京都の選挙区で選挙に出ることはできるし、外国在住でもできるのだ。単一か多か等国籍所持に関しての規定もないので、国籍法の規定に反して二重国籍状態であろうが、立候補することはできる。
 オーストラリアの国会議員が辞職したのは、憲法で国籍要件があるからである。
 消極的にせよ二重国籍を認めているアメリカでは、一定期間居住実績がなければ選挙に出ることはできない。連邦下院議員の候補者は、25歳以上で、米国市民となって7年以上経過しており、選出される州の合法的居住者でならなければならない。上院議員候補は、30歳以上、米国市民となって9年以上経過しており、選出される州の合法的居住者でなくてはならない、というふうに。

 日本はこうした規定がないから、理論上は他国の国会議員であっても、日本の国政選挙、もしくは首長選挙の候補者となることはできるのだ。
 なぜそうしたことが起るかと言えば、公職選挙法はそうした被選挙人が登場することを想定していないからだ。
 

外務公務員法第七条では、「外務公務員の欠格事由」をこう規定している。
 1 国家公務員法第三十八条 の規定に該当する場合のほか、国籍を有しない者又は外国の国籍を有する者は、外務公務員となることができない。
2  外務公務員は、前項の規定により外務公務員となることができなくなつたときは、当然失職する。

 外交官は単一国籍が求められ、外交官以上に国家機密や国益に関する情報を得る立場にある国会議員が重国籍を認められるのはおかしいというのは常識的な判断だと思うが、それを具現化するためには、公職選挙法で国会議員の被選挙権の要件に国籍を入れるか、また居住要件等を入れるなどの工夫をしていかければ、少なくともこのアンバランスさは解消しない。
 さもなくば、外務公務員法を改正して、この条項をなくすか、である。

 「国籍」「戸籍」と対峙していると「父母両系血統主義」を採用した以上、重国籍者を完全に防止することは困難であると実感する。
 「国籍選択制度」は1985年の国籍法が大きく変わる時に重国籍抑止のために作られた制度だが、30年が経ち、実効性がないこともわかっている。
 世界が現実的には積極的、否かにかかわらず重国籍容認となっているなかで、日本が今後とも国籍唯一の原則を堅持していくことは困難であるし、そもそも国籍選択を迫ることは基本的人権の尊重に反するとも思う。
 だからこそ、今までの曖昧で、表向きは勇ましく「禁止」を叫ぶが実効性がなく、公平性にも乏しい「国籍法」を改正し、一般的には重国籍を認めた上で、国会議員等の被選挙権については新たな要件を入れる、という形が最も現実的な解決だと思っている。

 こうした点も含めて「微妙な問題については触れない」代表選ではなく、公党として堂々と党内論議・論争ができる民進党に生まれ変わらなければ、政権担当能力云々以前に民意の受け皿になることはできないと思う。

(関連して、8月8日発売の岩波書店「世界」九月号巻頭「世界の潮」に「‘蓮舫氏の「二重国籍問題」“から見えるもの」と題して寄稿しているのでお読みいただきたい)

2017年7月27日 (木)

蓮舫民進党代表が辞任

蓮舫民進党代表が辞任した。

会見を聞いた。
厳しい時期の代表職に全力を注いでがんばって来られたと思う。
党員、また総支部長として感謝の気持ちを述べたい。

ただ、一方で、残念なのは、今日の会見にいたるまで、既に社会的課題となっている「二重国籍」や「国籍法」そのものの問題と正面から対峙しているようには見えなかったことである。

今日は「二重国籍問題」や「戸籍開示」についての質問も出た。
「二重国籍問題」についての言及は「辞任の理由ではない」という文脈でだけだった。

「戸籍開示」について質問については、
「戸籍法の改正等が必要だと判断すれば党の中で議論をしていきたい」と述べたが、開示の問題と戸籍法はそれこそ別の問題だ。

民進党代表として「二重国籍や、国籍法の足らざるところについて熟議が必要」という言葉を、あの場でこそ言ってほしかったと思う。

それこそが、「多様性の象徴」として就任した蓮舫代表の役割のひとつだったのではないか。

民進党も真の再生を行なうために、
党員サポーターを含んだ代表選挙を、強く望む。

2017年7月26日 (水)

女性議員スキャンダルの意味

朝から、吉田所長と上西小百合氏の話題をきっかけに、この30年に渡る政界における女性議員についての評論をする。
ある意味、私たちが誰よりも取材蓄積があるともいえるから、いや、ほんと、どんな評論家よりも濃い内容。
書けんけど(笑)
検討項目は「氏変更」「浴衣姿」「政策可視化アイテムとしての子ども」等々(笑)
第一回衆議院選挙から70年の全女性議員を政策面も含めて分析したら、立派な論文になりそうだ。
あと、「政治家の妻」も一章加え、年表作って、世界の潮流との対比も面白いかも?

そんな折、飛び込んできた某スキャンダル。

豊田氏問題こうした女性議員のスキャンダルが、政権を揺るがす(かもしれない)飛び道具に使われるようになった時期は直近ではいつだったのだろうか?

抱えている原稿終わったら、分析してみたい。

2017年7月24日 (月)

次のポイントは「武蔵野市長選挙」!

昨日行なわれた仙台市長選挙で、野党共闘候補である郡和子元衆議院議員が勝利した。
この結果が安倍政権に与えたダメージは大きい。
そして、総選挙に向けた次のポイントは9月24日告示・10月1日投開票の「武蔵野市長選挙」となる。
東京ではそれ以前に9月初旬に「青ヶ島村町長・町議会選挙」があるが、都民ファーストも含めて国政の前哨戦となるのは「武蔵野市長選挙」であろう。

これは都民ファーストの勢いがどこまで持続しているのか、公明党がどう動くのか、自民党は立て直せるのか、野党共闘の成果等々、業界としては注目ポイントが幾つもある。

内閣改造他も含め、安倍政権は10月1日時点ではどんな形になっているのだろうか。

都議選は終わったものの、既に総選挙は始まっているというのが実感でもある。
熱い夏は続く。

2017年7月23日 (日)

「二重国籍問題」、ポジショントークはやめよう!

今回の「二重国籍」問題で露呈したのは、
法律的には「国籍選択しなければならない」とされているものの、実効性はない。選択すべき年齢以上でも「二重国籍」「三重国籍」の人は存在し、事実上「重国籍で生きること」は容認されている、ということである。

ただ、それで、何か問題があるかと言ったら、
今まで世間的に認知されるような特段の事象も起らず、だからこそ、議論もされてこなかった。
(スパイ案件とか、ね笑 ちなみにスパイはそんなわかりやすいことはしないと思う。だから「背乗り」とかあるんじゃね?)

なら、「二重国籍」、別によくね?

ただし、国益に関わる部分に携わる政治家の場合は別途考えなければだよね。外交官等には要件あるわけだし。

ってのが、通常の感覚のような気がする。

重ねて言うが、日本は法律では禁止されているものの
重国籍容認
重婚容認
無戸籍容認
国家である。

政治家が鈍感なことをいいことに、「ホンネ」と「タテマエ」をうまーく使い分けながら、二重構造となっているのだ。

問題はその境目が曖昧。判断は個人にゆだねられていて、
公共性や平等性が担保されていないと言うところにある。

この法律を維持していくんだったら、「やむを得ず重国籍になる場合は、相手国が国籍離脱を認めていない国以外はダメ!」とか、もっとはっきり書かないとダメだよね。

今回の「二重国籍問題」はそうした日本の構造的問題点をあぶり出しているとも言える。

加えて言うと、
今回の件が、「政治的攻撃」に利用されているというところに危惧を持つ。

国籍法の問題は、安倍政権にYES・NOで意見が分かれる、という問題ではない。2008年の国会審議でもDNAの採用をめぐって党議拘束を外すべきとの議論もあった。

国民(含学者他)こそも、ポジショントークで語ってはいけないのになあ。

いずれにせよ、最後の改正以来、この10年弱は「二重国籍」容認の試用期間だったとも言える。

それにより社会にどのような影響があったか、なかったか、メリット、デメリットを冷静に書き出し、
基本的人権の尊重、またダブルスタンダードで苦しむ、悩む人々をなくすためにも、
妥当な、すっきりした内容の新たな「国籍法」を作ると言う方向に持っていかなければならないと思う。

それが前回も書いた「政治的技術」なのである。

残念ながら、そうした法の職人がいない、ということなんだけど😭

「重国籍者の母」の言葉

「重国籍者の母」の言葉。重い。

うまくシェアできなかったので、了解を取った上でコピペします。
今回の問題で、重国籍当事者、その家族の声があまり出てこないことが気になっていたので、そう言う意味でも貴重だと思います。

以下、引用。

論点は、まさに井戸氏による雑誌「世界」昨年11月号への寄稿「二重国籍問題から見えるもの」に尽きているのだが、蓮舫氏は、破綻している安倍政権を今こそ追い落とすためにも懸念はうやむやにしてはいけなかった。そしてそれを戸籍の公開という究極のお上だのみによるべきではなかった。
私は重国籍者の母である。
あと6年でどちらの国籍にするか決めるのかと、真剣に悩んでいる人間である。ところが蓮舫氏は、立法府にいながら一度もこの問題に取り組むことなく、複雑な日台関係に寄与することもせず、政治外交案件としての国籍問題にグレー対応せざるを得ない日本の法務省にいわばつけこんで、タダ乗りを実践してきた確信犯である。その点でこの問題の第1の本質は、彼女のコンプライアンスにある。
私の子供が既にどちらかを選択してしまっていたら、この見出しは許せないね。(*注「蓮舫氏の『二重国籍』は問題なし。説明責任は法務省にあり」)問題ないのに真面目に選んでしまった人間は、物知らずでバカだからしかたないのか? 今まで公にそんな話聞いたことないぞ。
蓮舫氏を攻撃する側も擁護する側もあまりにピントがずれていると感じる。

2017年7月22日 (土)

国籍法〜求められる「政治的技術」

「蓮舫氏の『二重国籍』は問題なし。説明責任は法務省にあり」という奥田安弘氏と荻上チキ氏の対談を興味深く読んだ。

http://synodos.jp/politics/20135/2

多くの部分で共感するものの、「問題なし」との見出しはどうであろうかと思う。少なくとも「国籍法」の定めに従い、「日本国籍を失う」という一文にさまざまな思いを重ねながら国籍を選択してきた人がいるのだ。「問題なし」ならば、「正直者」であった彼らはなんのために「選択」したのだろうか。

こうした擁護の論説があったとしても、蓮舫氏は「問題なし」としてはならず、先般の会見では何に起因してこうした問題は起るのか、また、国籍法の不備があるならばどこをどう改正・改善するべきかということを徹底的に調べ、その結果を示さなければならなかったのだと思う。
10ヶ月もあったわけだから、やれなくはない。
それは個人にとってみても、戸籍を開示し「国籍選択宣言」の日付を見せるより、ずっと説得力のある説明になったはずである。

この問題については、様々な課題が錯綜・交差をして、本来語らなければならない論点がわかりにくくなっている。
整理して近々雑誌に寄稿する予定なので、詳しくはそちらに譲るが、まずは奥田氏と荻上氏の対談の内容に関する感想をメモ書き程度に数点と、議論が起った直後の2016年10月、雑誌「世界」(岩波書店)11月号に寄稿した文章を転載する。

①「台湾」をどう位置づけるかについては、法務省というよりは、外交案件でもあり、国が見解を出さないといけない

②「行政指導」は蓮舫氏が尋ねたから指導されたわけで、特別扱いで「蓮舫氏にだけ指導」というわけではないと思う
同じように伺いを立てたら、皆「行政指導」をされるのではないか

③「国籍取得」と「国籍選択」を混同して書いているところがある

④「国籍喪失証明書」を提出してそれが受理されれば、「国籍選択宣言」をしないでよい。となると、戸籍は本籍を移せば国籍に関する事実は表面には出てこない。「国籍選択宣言」をすると移項を要するとされているため、一生表面に記載され、つきまとうこととなる。「差別」を怖れる人々は「国籍選択宣言」ができ難い状況でもある。そこがこの問題のキモでもあるのだ。

⑤台湾籍と中華人民共和国法との関係については、昨年、私も法務省に直接確認した。
「台湾に中華人民共和国法を当てるなんてそんなわけない。それを言ったら、台湾の他の法律も全部中華人民共和国の法律に準拠しなければならなくなる。あり得ない」と明確に否定されたのだが、人によって返答内容が違うと言うことなのだろうか?昨年九月に各新聞社も準拠しないという報道をしていたが、その後変わったのだろうか?

⑥日本国籍離脱が「2015年から2016年に100人も増えたのは、去年秋以来の蓮舫氏へのバッシングの影響ではないかと考えられます」というくだりがあるのだが、蓮舫バッシングによって「日本国籍を離脱しよう」と思う人は実際どれほどいたのか。むしろ、逆で「日本国籍選択」を行なった人の方が多いのではないか。なぜならば、日本にいる重国籍の人は日本政府によって日本の国籍を喪失させられることはあっても、日本政府は外国籍は奪うことができないから。ただここはあくまで推測であるが。

以下、「世界」(岩波書店)2016年11月号 引用。

「二重国籍問題」から見えるもの

2016年9月、民進党初の女性党首となった蓮舫氏が、代表選中に日本国籍以外に台湾(中華民国)籍を持つ「二重国籍」状態だったことが明らかとなり、この問題への対応の賛否も含めて関心を集めた。
日本においては法令で認められた期間以降において「重国籍」状態を維持することは認められていない。
ところが現に「重国籍の日本人」が存在する。
現状の出生届や国籍取得の届出だけでは誰が重国籍かを判断することが難しいという実務上の問題もあるが、国は、暗黙の了解として、この問題には触らず、放置することで「重国籍の日本人」の存在を緩やかに認めてきた。
だからこそ、この問題は正面からの議論もされず、また実態と乖離した法を整備するまでには至らず、今日まで来たのである。
「国籍」の枠組みは、主権者たる国民の範囲を決める重要事項である。また、世界人権宣言第一五条で「すべて人は、国籍をもつ権利を有する」「何人も、ほしいままにその国籍を奪われ、又はその国籍を変更する権利を否認されることはない」と謳われるように、「国籍」は個人が人として持つ基本的な権利でもある。
その土台が揺らいでいるということを、今回の「二重国籍」問題は奇しくもあぶり出したのである。

■ 重国籍になる理由〜血統主義? 出生地主義? 父系主義? 父母両系主義?

今日、ひとりの子どもが生まれた。
この子は何人であろうか。また、国籍はどこになるのだろうか。
答えは簡単ではない。
子どもの両親、もしくは父か母が日本人であれば、どこで生まれようが日本人である。日本は「血統主義」を採用しているからである。
さらに、この子がアメリカで生まれたならば「出生地主義」をとるアメリカの国籍も得る。つまりは「二重国籍」となる。
また、両親のうちひとりが「血統主義」をとる国の国籍で、しかも「父母両系主義」を取る国であれば、父と母とそれぞれの国籍を得るので「三重国籍」(場合によってはそれ以上)となるのだ。
このように、「重国籍」となる理由のひとつは、世界のルールが「血統主義」と「出生地主義」で分かれているからである。また「血統主義」も「父系」と「父母両系」とがあり、「父系」同士の国籍の親のもとに生まれた子の国籍は「父の国」と決めうちされ「単独国籍」となる。が、後述するように世界の潮流は男女平等の観点から「父母両系」となり、現在では「父系主義」が「重国籍」を防ぐ機能を果たしているとは言えなくなっている。
単に「単独国籍」だけとするなら、一番シンプルなのは「出生地主義」で統一されることであろう。しかし、移民対策等として「出生地主義」をとってきたアメリカなども、自国民や永住許可を得ている外国籍の親の子どもについては外国で生まれたとしても一定の条件のもと国籍を与えている。またフランスのように「出生地主義」と「血統主義」を両方採用し、補完し合いながら子どもの国籍を決める国もある。その結果「重国籍」になったとしても構わない。基本的には居住国優先等の「実効的国籍の原則」となっているからだ。それよりも制度の狭間で「無国籍」が生じ、国家が把握のできない民を国内に内在させることを避ける方が重要で、優先とされてきた。
さらに「重国籍」については、成人しても「重国籍」として生きる選択ができる国とそうでない国に分かれる。日本は後者である。
出生によるなど二〇歳に達する以前に重国籍となった場合は、二二歳に達するまで。二〇歳に達した後に日本への帰化等によって重国籍となった場合はその時から二年以内に国籍の選択をしなければならない。しかし、その手続きについては実効性と平等性が担保されていないことで問題が表面化したのである。

■ 重国籍のメリット・デメリット

さて、そもそも「国籍」とは何なのだろうか。それを複数持つことにどんなメリット・デメリットがあるのだろうか。
「国籍」を付与する、ということは国家が国民に対して従順を要求するのと交換に、個人の要求に対し、便宜を図り、また対外的な危機から保護するという構造を提供するということだ。同時に租税や兵役等、国民の義務履行に対しての監視の意味ももちろんある。
「国民」は自国に自由に入国・在留する事ができる。就業や進学、資格取得に対する許可を自国民に限る場合もある。海外への渡航等の便宜も含めて「二重三重に国籍を持つこと」は、そのメリットの幅を広げて享受できる利点がある。
また資産の分散や運用についても一定のメリットがある場合や、それが実際に有効かどうかは別として、めまぐるしく国際情勢が変化する中では、政情不安や経済的破綻など「いざ」というときにより安全な国へと軸足を移すためのリスクヘッジとして複数の国籍を維持しておきたいという声も聞く。
一方で「重国籍」だと、何が問題となるのだろうか。
よく言われるのは、複数の国家の監護権が衝突することで、外交保護権、参政権、兵役といった国に対する権利と義務関係が複雑化する、ということだ。
外国の軍事的や役務に服することで、国家に対する国民の忠実義務が抵触する事態が生じるおそれもあること。また日本国籍しか有しない多くの日本国民との間に機会不平等が生じること。重国籍者はその属する各国で独自の氏名を登録することが可能なので、入国管理を阻害したり、重婚を防止できない。重国籍者の本国法として適応される法律がどれなのかわからず、混乱を生む可能性も指摘される。
以上は、ほとんどが国家が負う管理上の困難であり、前述したように居住や就労等、実質的なつながりの強い国を優先する「実効的国籍の原則」によってこうした弊害は解消されると考えられている。特に兵役の義務等が課されていない日本人は複数の国籍を所持していることによっての困難は現状ではあまりないものと見られる。
「重国籍の日本人」が「単独国籍の日本人」に比して、より困難と対峙しなければならないのは「国籍選択をしなくてはならない」という場面だろう。多様で複数の文化的・言語的バックグラウンドを持った子どもたちがある年齢に達したとき、父と母の国、もしくは出生した地のどれかを自分の国とし選ばなければならない過酷さ。それは深刻なアイデンティティの危機をもたらす場合もあることは想像に難くない。国が「国籍選択」を促す周知・広報活動をいくらやっても、「国籍選択をしない」というケースが減らないのは、「重国籍」を持つことのメリットを考えてというよりは、個人や家族間での葛藤を回避するためというのが一番の理由なのではないか。

■ 重国籍を認めないワケ

さて、こうした実態はどうあれ、日本は「国籍法」により「重国籍」を認めていない。ダブルスタンダードと言われても、その態度を変えようとはしてこなかった。
なぜか。その理由は今現在だけをみるのでは、解けない。
時代を遡って戦中、戦後の「国籍法」改正の流れを見てみよう。
一八九九年、明治憲法下で初めて施行されて以来、「国籍法」は戦争を挟んで大きく三つの改正を行なう。
ひとつ目は戦後新たな国籍法が交付されて間もなくの一九五二年だ。サンフランシスコ平和条約により、当時我が国に在留していた約六〇万人の朝鮮・台湾に属するべき人々は自分の意志とは関わらず、一律に日本の国籍を喪失する。
以降、我が国への帰化が増加した。効力が発生した一九五二年四月二八日から一九八八年末までの四六年間での帰化者総数は三〇万一四九五人。その四分の三は韓国・朝鮮人となっている。
この段で、重国籍とならないよう国籍事務を遂行することは、戦後混乱期にあった日本にとっては重要だと考えられたことは想像に難くない。
しかし、その一方で戦前・戦中、日本の国策に利用し得るとして日中二重国籍=「台湾籍民」の地位を便宜的に保障し、認めてきた歴史もある。�
「国籍法」が次に大きな展開を見せたのは一九八四年に女子差別撤廃条約に合わせて「父系主義」から「父母両系主義」に改められたときである。
当時は欧州でも「父系主義」をとっていた国が多いが、離婚や非嫡出子の増加という家族関係の変化、外国人移民の二世・三世の登場という変化を迎え、フェミニズムの興隆に伴う人権運動の観点からも「父母両系主義」へと次々改まって行った。
日本でも「父系主義」を採用していたことにより、外国人と結婚した日本人女性の子どもは日本国籍を取得できなかった。そのため、例えば、出生地主義を採用している米国人の父と沖縄の日本人女性の間に生まれた子どもがどの国籍も取得できず無国籍になり、就学の機会を得られない等の問題も発生し、当時、深刻な社会問題とされていたのだ。
そして同時に「国籍選択制度」も生まれた。「父母両系血統主義の採用に伴い増加する重国籍解消のため、国籍選択制度を採用した」(柏樹修「現行戸籍制度五〇年の歩みと展望」戸籍法五〇周年記念論文集編纂委員会編、日本加除出版)と、制度創設の趣旨は明確である。

■ 差別の可視化も 国籍選択と戸籍記載

この「国籍選択制度」とは、出生により外国国籍を取得した日本国民など日本国籍と外国国籍を有する重国籍者が、所定の期限までに日本国籍か外国国籍のどちらかを選択する必要があるというものだ。
しかし、前述したように実効性は担保されていない。そのひとつの理由に「選択する」「選択しない」で、戸籍記載上、大きな差異があることを指摘しておきたい。
戸籍謄本(全部事項証明書)や抄本(個人事項証明書)に、自分の情報の何が載り、何が載らないかは「戸籍法施行規則」で決まっている。
管外に本籍地を変える「転籍」や婚姻によって「新戸籍」編成をすると、過去の離婚他は新しく発行される戸籍謄本他には記載されないようになっている。
「国籍取得事項」(国籍取得・帰化)については「移項に要しない」とされているので、自分が「外国人であったこと」は転籍他をすれば、たとえ第三者が戸籍を見ても、過去の経過が載った原戸籍までとらない限り把握はできない。
が、一方で「国籍選択宣言」については「戸籍法施行規則三七条および同規則三九条一項七号」により移記事項となり(昭和五九年一一月一日民二第五五〇〇号通達第3の5〔1〕)「国籍選択宣言」をした年月日は、転籍他をしようが常に戸籍に記載される。
日本社会で生きていく中で「戸籍の提出を求められる」場面はそう多くあるとは思えないが、なんらかのきっかけで「外国籍を持っていた」もしくは「無国籍であった」ということが伝わり、いらぬ差別や偏見が起こる可能性はないとは言えない。出自による差別が存在することは、昨今のヘイトスピーチやインターネット上の書き込み等の中に容易に見つけることができる。あえて「国籍選択」をすることで不安材料を増えるのであれば、それを回避しようとするのは理解できる部分でもある。実際「国籍選択」をしてもしなくても、特段身の回りの状況が変わらないというのであればなおのことである。
このように「国籍選択」がしにくい背景には「戸籍」も絡んだ「差別」が見え隠れしているのである。
「国籍法」が内在していた「差別規定」がさらに露になったのは二〇〇八年のことだ。
最高裁判所は婚外子国籍訴訟において現憲法下八例目の違憲判決を出し、国会は法改正を迫られるに至る。これが三度目の大改正だ。
違憲とされたのは「認知」に関する事項である。日本人男性が外国人女性から生まれる子どもを出産前に「胎児認知」をしていれば日本人として国籍を得ることができるが、子の出産後に認知をしたケースについては、父母が婚姻し、嫡出子となった場合のみ認めるのは「法の下の平等」に反しているとされたのである。
 この際に最も問題となったのは「偽装認知」の防止であった。DNA検査の結果を添付することも検討された。国会を二分した議論となった結果、DNA添付案は採用されないこととなったのだが、「重国籍」や「偽装認知」等に対する過剰な防止策の背景には、意識・無意識を別とした「差別的概念」が透けて見える。
以上、「国籍法」にかかわる戦後の三つの改革が「国籍取得」に特化され、また旧植民地、男女、外国人、婚外子への「差別」が背景にあることは象徴的でもある。

■ 求められる政治的技術

「国籍」とはなんだろうか。今一度、はじめに立ち返ってみる。
複雑化する世界の中で、今生きる人々の人権を守ることは、人為的に引かれ、時に移動したり消えたりする地理的「国境線」によってのみではできないことは自明である。
戦争・紛争も含め従来では想定できない国家間の人々の移動は、多様な文化的価値観を示しながら、「国籍」に対する認識が今までどおりでよいのかを問う。
こうした中で、現にダブルスタンダードとなっている「重国籍」への対応も含めて私たちは「国籍」をどう考えていくべきなのだろうか。
単に国家の制度に留まらない、個人のアイデンティティの問題としても慎重な議論が必要だろう。歴史的な対立、葛藤や差別感情があることを認識しつつも、それを超える理性を持ちながら、当事者だけでなく主権者である国民全体で考えるべき課題でもある。
広い視野に立ちながらまとめていく、成熟した政治的技術が求められる。

2017年7月14日 (金)

先祖崇拝と「戸籍ファンタジー」

今回の一連の「戸籍公開」に関する反応を見てみると、
ワタクシの周りには戸籍が部落差別の元となってきた歴史的な見地で発言する人が多かった。

多分、「戸籍」と言って、一般の人も含めてこれだけ多くの人が発信したのは、最近では珍しいことだと思う。

現に、1980年代後半以降、戸籍関連のめぼしい論文や著作は「ぱたり」と、それこそ音が聞こえる程の勢いで止まる。
それには「ワケ」があるのだ。

ひとつは1970年以降の約30年に渡る戸籍行政の変化とコンピュータ化である。
まず同年、「華族」「士族」「平民」「新平民」など差別的身分事項が記載されていた「壬申戸籍」の公開を禁止し、76年には除籍現戸籍の閲覧も禁止。翌年には同和対策除籍等適正化事業として、除籍現戸籍の抹差別的内容を抹消するに至る。
94年からは「戸籍」の電算化が始まり、と同時に「バツイチ」等の語源ともなった離婚をしたら手書きでバッテンを付けると言った記載から、そうしたことも戸籍をとっても、原戸籍を取らないとわからないといった形に変わる。
うちの子どもはさんざん苦労して、裁判の末に出生届を提出するに至ったので、戸籍に裁判記録が書かれているのはある意味名誉であると思っていたのに、あっさりなくなっていて驚いた。

もうひとつは「バブル」である。
「お嬢様ブーム」が起ったのは1986年前後である。それまでは「女子大生ブーム」が深化した形で起る。つまり、単なる「女子大生」ではなく、そこに「良家の子女」という付加価値がつく。このブームにはダイアナ妃の来日や浩宮のお妃選び等も影響した。
「三高」なる言葉も生まれ、自分が上位階層であることを強調することが、良い結婚、引いては安定した生活を得られる第一の条件として捉えられるようになる。
が、当然だが、そんな人ばかりではない(笑)
そこで登場するのが、出自にまつわるファンタジーである。
「昔は駅まで全部我が家の敷地」と言う人の、なんと多いことか(笑)
戸籍を開示することもなくなったので、なんとでも言える。
3、4代前までくくれば、大抵ひとりぐらいは立派な人もいるはずだ。
そこによって生きる方が、楽と言えば楽でもある。
あるタレントの経歴に「実家は14代続く、由緒正しき農家」とあって、
自分や自分の信じる人の価値をあげるために、親や祖父母の威光があるであろう二世、三世の政治家は否定するが「前川前文部科学省事務次官の祖父は和敬塾創始者→だから前川さんも立派な人」的な記事はバンバンシェアする、という自己矛盾を抱える言動となって現れてくるのだが。

こうした、「戸籍ファンタジー」を下支えする「ホントは名家」という自己演出ツールは、自分を鼓舞したり、肯定し、がんばるモチベーションをあげるためには良い面もある。
実際に物理的は出自で得をしている人もいるのだから、多少デフォルメされていたとしても問題とはならないだろう。
どこの地域に、どの時代に、誰を親として生まれるか、などというのは、自分の意志や努力でどうしようもない。
どんなにキレイゴトを言っても、「運」とか「巡り合わせ」という、実際には越えられない不平等の枠を崩すためには大事なことでもあると思う。
「運」や「巡り合わせ」といった時に理不尽な要因を吹き飛ばすためには思い込みも必要な場合もあるだろう。

しかし、一方で、それが持つ危険性を「戸籍」と向き合う中では痛感もしている。
つまりは「戸籍」によって、人の価値や優越を判断することに対して是とする人々と同じ土俵に陥る危うさがそこにあるのである。

かくいうワタクシも、「戸籍ファンタジー」の中で育てられて来た。
「長町まで仙台駅もぜーんぶうちだった。不在地主で取られて、ああ、あのままだったら今頃・・。記録見たらわかるから。ああ、残念、戦争で全部焼けてて・・」(by母)

いやいや、お母さん、そりゃ、大げさではないのか。
記録は、もちろんない(笑)
そのまま信じることは史学科卒業のワタクシとしてはできんわ。
知性が許さない(笑)

先祖を敬うことと「戸籍ファンタジー」に頼って生きることは全く違うことである。

いずれにせよ、1990年以降、その危うさに対しての警鐘が止んだことと、近年の右傾化は無縁のものではないと思う。

2017年7月13日 (木)

「明治的支配」と「戸籍」

次の著書、チラ見せ

第6章 「戸籍」がなくなる日
1 「明治的支配」と「戸籍」

(前略)

 明治政府は「戸籍」については単なる登録制度だけではない働きを期待した。
 つまりは日本が近代国家として進んで行く上で、国民に対して精神性や道徳性の規範を植え付けるものとして価値付けされているのである。帝国主義を広げて行く手段としても使われ、「戸籍」は植民地政策としても「同化」を求める術もしくは「排除」「差別」を具現化し見せつける道具としての性格を併せ持つようになった。

 「戸籍と国籍の近現代史」(明石書店)で遠藤正敬氏は「戸籍」と「国家」の関係を捉えつつ、こう述べている。

 「戸籍は古代国家による人民動員と治安維持の為の身分登録制度として発祥したものであり、元来は倫理的規範と無関係な存在であった。だが、近代国家は国民に対して、社会資本の整備や生活手段の充足と言った物質的分野のみならず、倫理・教育・宗教・風俗といった精神的分野への介入を当然とするに至った。(中略)
 近代日本社会では戸籍法が『国民』や『家族』をめぐるある種の道徳というべきものを生み出してきた。その積年の効果として『日本人』であるならば必ず戸籍をもっているとか、どこの『籍』にも入っていないのは普通ではないというような、戸籍をめぐる集合意識ができあがっている。」
 「戸籍に管理されることが『日本人』としての地位を保障し、ひいては日本社会の秩序であるという意識が根付いていることは否定できないであろう。」

 「戸籍」があることは自らの存在価値を保障するものであり、脈々と続く祖先とのつながりをたどる貴重な資料でもあり、自らの存在の「正統性」を示すもの———。「戸籍」に抱く信仰にすら近い過度とも言える信頼性は、それがもたらす安心感と無縁ではない。

 「戸籍」という制度が「明治的価値観」の植え付けであったことを、「育児の百科」(岩浪書店)の著者松田道雄も指摘をしている。
 育児書を書く医師が「戸籍」の役割やあり方、つまりはそこに「人として」の基本的人権等、民主主義の原点を見ながらであることを鑑みると、戦前、戦後を生き抜いて来た者たちにとって「子育て」という行為が、いかに国家的哲学を享有し、また親も子も、また社会にとって以下に重要であると捉えていたかということもわかる。
 松田道雄は「育児」や「教育」にかかわる多くの著作を残したが、一方でロシア革命や明治維新に関する著作も多く、特に明治維新、その後の明治政府の成り立ちや社会制度の構築関して優れた論説を残している。明治政府については井上毅がその中心だった旨を丁寧に示している。「教育勅語」という型を作り、それに人々をはめ「道徳の自主性」を阻むことこそが、富国強兵の基礎作りであり、明治政府にとって最も大事なことだったと言うことを指摘をしている。
 「道徳の強要」は、国が自国民を排除するという「無戸籍」への考え方ともつながって来る。「国民の外」という概念は、単なる登録制度としての「戸籍」に別の意味を持たせてきたことを端的に表しているのである。
「戸籍」は厳格性と正確性を以てひとりこぼさずその存在を把握してこそこそ、国民を治め、国家の維持装置としての役割を果たせるはず。しかし、そうした前提よりも、逆に「はじかれる存在」を作ることによって、さらに「戸籍意識」を滲透させる効用を持っていることを、皮肉にも、はじかれた側である無戸籍当事者や外国籍者、その家族の「戸籍」へのこだわりを見るにことができる。
 そして、その先にあるのはナショナリズムであることを松田氏は指摘するのだ。

・・ってことで、松田道雄先生の足跡を辿り、編集者さんたちとサンクトペテルブルグに来ています😭

いろいろトラブル続きなのだが・・がんばるぞう!!

2017年7月12日 (水)

蓮舫代表の戸籍提示と「戸籍意識」

 民進党の蓮舫代表が、自身の二重国籍問題の説明不足を補足するために、近々戸籍を提示して説明をするとの報道があった。

 丁度、秋に出版予定の戸籍に関する新著の執筆中でもあり、蓮舫氏の決断に対しての各所からの反応を興味深くみている。

 「自分が誰か」をどう証明するか。日本では「個人記録管理」の意識が低いため、例えば国籍と言った個人のアイデンティに関わる問題でも、その手続きについて個人で記録を残しておく人はごく少数であろう。(『個人が行う記録管理 : 東日本大震災からの教訓』 2016年 小形美樹)


 蓮舫氏もそうであった。だからこそ「記憶」に頼らざるを得なくなる。二転三転する説明は、個人ばかりか、代表をつとめる民進党への信頼度・支持とも関連し、選挙の結果や今後の政局とも絡んでくると見られている。個人所有の記録や記憶だけではその説明や疑念の払拭にまで至らなかったからこそ、指摘されるような「戸籍提示への圧力」もさることながら、真摯に対応しようと思えば公的書類・戸籍に頼らざるを得なくなったというのが実際のところなのだろうと思う。

 「戸籍を開示すべき」という人々の中には、「戸籍こそが日本人としての正統性の証」「戸籍がなければ日本人にはあらず」と思っている人もいるだろうが、実際にはそうとも言えない。
 戸籍のバグに関して言えば、近年では「幽霊老人」や「無戸籍問題」等、戸籍の杜撰な管理が社会問題化もしている。グローバル化他にも対応できておらず、この二重国籍問題や、重婚が可能であることも含めて、「戸籍制度」はかなりの問題を抱えているのだ。

 戸籍はコンピュータ化されたこと、また公開範囲が限定的になったこともあり、表面に出てくる情報は以前に比べて拍子抜けするぐらい少なくなっている。

 「全ての日本人は事実に基づき戸籍に登録され、厳格に管理されている」と信じて疑わない人々は、ぜひこの機会に「戸籍制度」の歴史と、現在の運用実態について見ていただけたらと思う。


 「蓮舫氏は戸籍を開示すべきでない」と主張する人々が背景として語る「差別意識」に関しては、その「恐れ」を持つについては必要なことと認めながらも、「過剰」になることによって逆に戸籍に実力以上の権威を与えてしまっているのではないか、との危惧もある。戸籍を開示すべきでないという人々の中にもいわゆる「戸籍意識」=「戸籍ファンタジー」に捕われている現実を見て、若干の驚きを持ったのも正直なところだ。


 以前にも書いたが、この問題は差別というよりは、コンプライアンスに関しての説明が曖昧で、証拠も不十分だったことによって生じ、拡大した問題であると思う。(台湾との戸籍問題についてや差別についての問題提起とその解決こそ、蓮舫代表に期待したところでもあるのだが)

  冒頭の論文でも取りあげられているが、「記録すること」の目的のひとつは「説明責任」を果たすこと、である。
 蓮舫代表がどのような説明をするのか、またその際、「記憶」の補助資料としての公的書類である戸籍がどの程度の役割を果たすのか、もしくは戸籍を提示することにより別の効果が生じるのか否かも含めて、注目したい。

  なお、各種選挙の候補者となる時には戸籍謄本もしくは抄本の提出が求められる。過去の資料がどう保管されているのかはわからないが、少なくとも立候補時においては第三者の目が入っているということも、つけ加えておく。

2017年7月 6日 (木)

歴史は繰り返す〜新進党結成と解党にみる都民ファースト

なるほど「歴史は繰り返す」と新進党結成時のメンバーを見ながら思う。

小沢一郎氏以外、公明党、小池百合子氏・・現民進党の中で名前が取り沙汰される人々(旧日本新党系)や自民党の石破茂氏、松沢成文氏まで(笑)ほぼ相似形・・って、ある意味納得である。


この時に合流しなかった(はじかれた面も多分にアリ、か)社会党や新党さきがけ系の人々は、今回もこの動きには乗っていない。


新進党の歴史を振り返ってみると、
1994年12月に結党、翌年の参議院選挙では40議席を獲得するものの、議員や親族の不祥事が続く。党運営をめぐって小沢一郎氏と対立した新井将敬氏、船田元氏、石破茂氏等離党者も出る中で行なわれた初の小選挙区での衆議院選挙は、新進党、民主党と野党票が割れたことによって現有議席を割り込み、結果的に自民党に勝利するとができなかった。
結党3年目となる1997年の東京都議選挙では11人の公認候補全員が落選し、年末には解党ということになる。

さて、再び政局のプレイヤーとなった人々はこの20年の間に蓄積したさまざまな経験や思いを、どう発露していくのであろうか。

ファーストペンギン小池百合子氏のあとをすぐさま追う者、ちょっと様子見の者、群れから外れながらも次のチャンスを淡々と狙う者等、距離を置いて淡々と自分の足腰を鍛える者・・。

有権者は選挙期間よりずっとわかりやすい政治家の姿をそこに見ることができるはずだ。

2017年7月 5日 (水)

落選中の「大学教授」

議員というのは「大学教授」の肩書きが好きである。
それが「特任」であろうが「客員」であろうが、なんでも構わない。
落選したらなおのこと。
国会議員の厳つい「肩書き」がなくなり「タダの人」となることが極端に怖い。
だからこそ、落選で全面否定された政治家には、ちょっと賢く見える効果もある「大学教授」はおあつらえ向きの代替肩書き、なのだ。

実は、落選国会議員を受け入れ、大した授業をしなくても「教授」にしてくれる大学は他にも存在する、と言われる。

まあ、大学だけでなく、落選した元議員の面倒を見てくれる企業は他にもあるのはご承知の通りだ。
企業は与野党関係なく、受け入れる太っ腹ぶり。
2009年、民進党の政権交代時に下野した自民党の落選者の行き先を見ればあれれ?と思うはずだ。

話を大学に戻す。
ワタクシも落選後に大学の非常勤講師を2つしているが、ひとつは国立大学だったので、非常勤講師ですら経歴書の内容等々、何度か書き直しを・・😭
「元衆議院議員」なんてアカデミックな世界ではマイナスのレッテルを貼られることはあっても、プラスはないことを実感。

まあ、本人が専門分野を持っていて、十分な知見もあり、もっと言えば学位も取っている人は別だ。
そうではなくて、ただ単に落選中が大変だろうから、と、見合った働きがないのに定期的な給与保障となると、それは広義の意味での便宜供与・形を変えた献金と見られても仕方ないのではないか。

彼らが、どんな授業をしていたのか、見てみたい。聴いてみたいぞ。

2017年7月 4日 (火)

窮鼠が噛んだ東西猫

「4匹の鼠」というお題で夫が東京都議選と兵庫県知事選について書いていた。
ま、ワタクシだったら「窮鼠が噛んだ東西猫」とかするかな(笑)
都知事選挙で小池さんを公認しなかった時点で、見えていたとも言えるのだ。

以下、引用。

 東京都議選と兵庫県知事選が終わったので、感想を少々。

 まずお断りしておくが、当方は大阪維新とかと同様、「都民ファースト」のような急増集団になど、ほんの1ミリの期待も抱いていない。

 自民党支持者でもないが、森喜朗さんが「遺書」に書かれていたように、本当にそんな人たちで五輪は成功するのかなあ?、と・・・正直そっちの方を大変心配している。

 だが、さはさりとて。

ファーストが圧勝できた理由にはそれなりのものがある。

 総論から言えば、それが人々の怒りや不満の唯一の受け皿に「見えた」ということだろう。

 小池さんの手法は小泉さんの劇場政治+橋下維新。

 一斉に同一方向になびいてしまうA型国民の習性や、勝ちそうな方になびく謀反議員の姿など、まさにどこかで何度も見たような光景が今回も繰り返された。

 各論的には、そもそもここに至った最大の原因は、小池さんの「居場所」をなくした自民党都連内の問題。

 さらに選挙的に大きかったのは、自民との訣別を決断「せざるを得なくなった」公明党都議連の判断だろう。

 そうした個人や組織の事情、また特定の宗教団体が民主主義に多大過ぎる影響を与えている現状には全く感心しないが・・・事態をもたらした要素としては、彼らが連携を果たしてしまったという点が恐らく最大のものになる。

 で、これを(やった方から)言い換えれば、まさに「窮鼠猫を噛む」の世界。

 事の発端がそういった不徳・不義理ものである限り、いずれにせよ自民党都連幹部の責任問題は避けられない。

 さて、そんなことを思いつつ、傍観してたら・・・事態を決定づけるべく、そこに3匹目の鼠が現れた。

 言うまでもなく選挙最終日、籠池氏の秋葉原出現である。

 誰のアイデアかは知らないが、全てを奪われ、「ほんとに百万円持っている」ことも証明せざるを得ない立場にあった(笑)籠池氏は・・・わざわざ大阪から駆けつけそれに乗った。

 結局、本来はバラバラに我慢・消滅する運命にあった彼らが偶然「3本の矢」となり、自民党に噛みつく展開。

 大詰めでの総理の対応、籠池氏への若者たちの呼応、そしてそれを排除する官憲・・・(深層心理的には)共謀罪の発動のようなことを想起させる映像が(ネット含めて)新たな「劇場」を構成し、(どちらに入れたくないかという)投票行動を大きく左右する、ダメ押し打となった。

 一方、兵庫では5選!目指す現職知事に勝谷さん、共産と元加西市長が挑んだ。

 勝谷さんが選挙を闘っている姿は一度も見かけることはなく、ポスター(知事選ともなると組織がない候補には超大変!)とかもなかなか貼り切れなかった感じもあって。

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(選挙二日目のご近所の掲示板)

 正直、この人ふざけてるのかなぁ?

 これじゃ惨敗だろ?

 メディアもない兵庫で青島やノックの真似されてもなぁ・・・と、少なくとも自分は思っていた。

 が、蓋を開けてみると。

 ・・・当方がよく知る神戸市東灘区では1200票差。灘区では1750票差。中央区(ここまでがいわゆる衆議院兵庫1区)にいたってはたったの250票差。お隣の芦屋市でも1150票差で、(勝谷氏の出身地である)尼崎に至っては現職を上回る得票を得るなど、歴代の対立候補にはない特大善戦となった。

 勝谷さんごめん・・・(もちろん自分は「そこまで言って委員会」もサンテレビも時々見ているが)あんたそんなに有名人だったとは!

 結局、現職:勝谷氏+共産+元・加西市長=94万票:90万票。

 現職は神戸や阪神間で僅差もしくは批判票(の合計)の方が上回る中、勝谷ていったい誰?って人ばっかりの(?)、あるいは勝谷氏がポスターすら貼れなかった(?)田舎で差をつけただけで、まさに薄氷を踏む勝利となった。

 投票率40%。

 勝谷氏が県民の不満やモヤモヤに対し、都民ファーストのようなある意味とても「わかりやすい」受け皿になれたかどうかはだいぶ怪しい。

 が・・・今回の結果を見て、「こんなだったら自分も選挙行っとけばよかった!」と思っている「浮動票の持ち主」はたくさんいるに違いない。

 勝谷氏に評論家やタレントとしてどういう未来があったかは知らず、ある意味、彼も東の人たちとは違った意味で「窮鼠」だったのかも知れないが・・・もし週末にもう1回選挙があったら(あるいは少なくとも選挙地域を考え直すだけのことで)勝てる可能性は大いにある。

 例えば氏は多分、次の神戸市長選などへの手ごたえをがっちり掴んでいるに違いない。

 初めからそういう作戦だったなら、なかなか天晴れである。

一人区なるもの

都議選におけて「勝利をする」ということは、一人区を軒並み取る、ということとほぼ同義語だ。
今回、島嶼部を除いて、自民党が全て議席を失った、
が。都民ファーストがなぜ一人区を独占したかと言えば、それは言わずもがな、公明党の基礎票があったからに他ならない。
つまりは小選挙区において公明抜きの自民党の足腰がいかに弱いかと言うのを可視化したとも言える。
国政選挙はいつあるかわからない。公明党と組んだ都民ファーストが国民ファースト的な政党となり選挙にできてたらそれは強いであろう。
が。ことはそう単純化されない・・であろうところが、
学問でも、ビジネスでもない、ラグビーボール的政治の世界の摩訶不思議というところでもあるのだ。

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