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2017年7月31日 (月)

横浜市長選挙における山尾氏バッシングに思う

横浜市長選挙が終わった。
候補者の皆さん、並びにそれぞれの陣営で頑張られた支援者の皆様、お疲れさまでした。

さて、この市長選で最も違和感を感じたのは林候補の応援に出向いた山尾志桜里代議士に対する反応である。

「山尾さんとて組織の命令には背けない。仕方がない」
「連合の圧力があったはず」
「そもそも前原派だから信用していない」はまだ良い方で、ここには書けないような酷い内容もある。

普段「人権」「自由」を尊重する立場で活動をしているであろう人々の、思い込みと偏見に満ちた(たぶん自覚のない)個人攻撃は目に余るものがある。

同業界にいるものの経験として、少なくとも「自主投票」になっている選挙において、党が誰かに対して応援に行けとの縛りをかけることはない。依頼が来たとしても、あとはそれこそ、それぞれの「自主判断」だ。

よしんば批判するにしても、
山尾氏が元民進党の市会議員であった伊藤候補ではなく、林候補を応援したにはそれなりの理由があるはずで、
山尾氏自身にそれを確認せずに、憶測でものを言う人々の感覚が理解できない。
理由を確認した上で、今まで言動と違い、信頼を失うに十分な行為であれば批判をすれば良いと思う。

地方政治は二元代表制のため、
国政選挙とだぶって考えられることが多い。
宮城等の場合は過去の経緯も含めて、そうした闘いの構図になりやすかった。(参議院も一人区だったが、神奈川の場合は四人区他。野党共闘の図式が作りやすく、既に実践もされてきた他)
しかし、日本全国どこでもそうかというとそうではない。

いずれにせよ、今後のためにも、
自分の書いた、もしくは語った内容が的確であったかどうか、山尾氏のところを自分に置き換えて考えてみることが必要な気がする。

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