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2017年8月

2017年8月31日 (木)

佐藤優超早朝勉強会&朝日新聞今月の3点 

今日も大盛況の佐藤優先生の早朝勉強会✨

北朝鮮問題を中心に時間をオーバーしての熱烈ごしどうでした💞
朝5時半から国防を語る総支部は、日本広しと言えども、うちだけですな(笑)
次回は11月28日です!
そして、今朝の朝日新聞今月の3点、国際部門で取り上げていただきました!
共生・社会部門で遠藤正敬氏も!
地味〜な「戸籍」「国籍」分野で「国とはなにか」「主権者とは誰か」=「日本人とはなにか」を追い求めているワタクシたちが、隣り合わせで論評される日が来るとは、時代は変わるもんですな(笑)
あらたな「まさまさ」ユニット誕生か?(笑)
で、偶然ですが午後から遠藤氏と対談でーす!
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論評はご購読して読んで下さいませ〜✨

2017年8月28日 (月)

泣かせる演説

「おもわずうるっときて、二回ぐらい泣きそうになった」
「来て良かった。誘ってくれて、ありがとう」
民進党代表選挙の演説会。
初めてこうした集会に参加したサポーターさんたちの感想だ。
ワタクシとて、いつも冷静な印象の前原さんの演説で泣ける日が来るとは思ってもいなかった。
さて、今夜、前原さんが語ったことが、ちょうど校正をしていた
10月発売の岩波新書の中の拙文とシンクロしていてちょっとドッキリだったので貼っておく。

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■人間の叡智の結実としての「政治」

(前略)
 つくづく感じるのは、誰もが生まれ育つ家庭環境から多かれ少なかれ影響を受け、良きにつけ悪しきにつけ「親の因果」からは逃れることはできないということだ。
 それぞれが生まれたときに配られる「カード」には明らかな「違い」がある。負荷を背負わなければならない環境に生まれる場合もある。
 だからこそ、人間の叡智の結実である「政治」は、この「生まれながらの差」を補い、埋めるためにこそ機能させなければならない。

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前原さんも、枝野さんも、もちろんワタクシも、そのために民進党にいる。
党を再生させよう!そして、政治を機能させよう!!
最終演説にも期待したい。

トラウマとしての「鳥越選挙」

「民進党代表選でも小池新党との関係が大きな争点になっているが、小池都知事の考えがはっきりしないために、議論が空回りしている。
私も細川さんが言われるように、小池さんが原発ゼロと、憲法について立憲主義の原則を守ると明言すれば、民進党は小池新党と連携してもいいと考えている。
この点があいまいなままでは後に禍根を残しかねない。」(2017年8月23日)

菅直人元総理のブログである。

ほんの2ヶ月前まで都議選で都民ファーストと闘っていた身としては、こうすぐに切り替えることはできない。
そこは、「さすが、菅さん」なのかも。

さて、都議選の惨敗ももとを辿れば「鳥越選挙」である、とワタクシは思っている。ものすごく「傷ついた」選挙だった。

ある種トラウマ。
今でも有権者に対してごめんなさいの気持ちを持って活動している。

今回の都議選後にはある程度の時間をかけての総括が行なわれたが、知事選挙についてはほとんどスルー。
岡田代表が次期代表選に不出馬となり、代表選に突入したが故に、ある種「なかったこと」にされてしまった感すらある。
東京4区は都議補選もあって、最前線で闘わざるをえなかったから、もしかしたらワタクシが感じるザワザワは、特別、例外なのかもしれないけど。

民主党と自由党の合流を決めたのは菅さんだったし、それでこそ党は政権交代への道筋を歩みことができたのも確かである。
そうしたことも踏まえつつ、
つくづくと考えさせられる一文である。

2017年8月26日 (土)

「リベラルの先を行くもの」  前原氏の発言から

「日本新党、民主の風、さきがけ、民主党、民進党と、国会議員になって24年間、同じ政党を歩んで来たのは枝野さんだけ。
保守か、リベラルかも陳腐。
枝野さんも日米安保を否定しないし、私のAll for Allはリベラルの先を行くもの」
(by前原誠司@代表選挙演説会兵庫)

そう。日本新党から今まで、ずっと一緒なのはこのふたりだけ。
たぶん、幾度も自民党に移る機会や誘いはあったと思う。
彼らが経験してきた失敗の多くはもしかしたら自民党に行っていたら経験しなくてすんだものかもしれない。
だけど、それを選ばなかったには理由があるのだ。

自民党文化を知らないからこそ突破できる政治がある。
24年間、変わらない彼らの「本気」を、国民にも感じてほしい。

2017年8月25日 (金)

テンプレートメッセージに思う

このところ、民進党代表選について、

どう見てもテンプレートとおぼしき文面でのメールやメッセーがが続々届き、ちと、辟易している。

文面には特徴がある。

①自分は党員・サポーターでもないが民進党を応援している
②今回の代表選はどちらの候補も議論をしようという姿勢が見えて好感を持つ(と一応、両方を褒める)
③その上で、テレビやSNSを通して、ふたりには明確な違いがあることがわかった
④一方であれば応援はできないし、民進党は終わりだ(③までに比して結論が極端・・)

とにかく文章が長い(笑)というのも共通なんだけど、
かいつまんで言えば、
特定一方への投票を促す内容。
そのことを言いたいがために、
「あなたの選挙区にも私の親戚や友だちが住んでいるので、今回の行動は注視しています!」等々、ソフトに票をちらつかせてプレッシャーをかけてくる手法は、
まさに、日本の民主主義が今も松田道雄先生いわくの「明治的支配」の延長上にあるということを強く感じさせるものである。

まあ、票を見せたら、政治家はなびくと思われているんだろうな。そう思うと余計情けない。😭

メールが届く度に、灘中に送られたはがきの束が頭に浮かんで、なんだかどんよりするのはワタクシだけだろうか?

2017年8月23日 (水)

VIVA! 図書館!!

以前にも書いたように、ワタクシは本は基本、購入する。

一冊書くまでに至る著者の投資や執筆にかけた時間他への敬意もあるが、
基本、「本の神さま」へのお布施的意味合いが強い。もしくは宝くじを購入する的感覚で「買い続ければいずれ自分も一等7億円があたる」ような、そんなヨコシマな願望も含めて(笑)だ。

まあ、一番の理由は、本に書き込みもするし、乱暴に持ち歩いたりもするので、誰かのものを借りたら気を遣ってしまい、本自体と「取っ組み合い」をする覚悟が生まれないからである。

逆に「著者」という立場となり、、印税をもらうようになって気がついたのは、
紙書籍での場合、基本「刷り部数」に対して印税を貰うので、
とりあえず印刷された冊数が売り切れるまでの分は「先払い」でもらっている、ということだ。
で、「もっと売れそうだ!」となると、出版社は版を重ねる。
そこで、著者はまたまた「先食い」で印税を戴く。
他の商売?と違って、売る売れないのリスクを著者が抱えることはない、ってすごいなーといつもながら思う。

もちろん、印税については個々別の契約によって違うとは思うし、
kindle版などは、何月に何部売れたかという詳細なレポートが支払い調書とともにやって来るので、紙の書籍だけの時代とは変わって来ているのかもしれない。
kindleの明細書はものすごく面白くて「何でこの月だけフタケタ違って売れている?」とか、何年も前に出した本なのに、細々と命をつないで毎月微妙に売れているのはなぜか?とか、謎解き的意味合いも含めて(笑)半年に一回楽しませてもらっている。
まあ、既に紙での初版のときの最初の印税で、執筆やそれにまつわる基本コストは支払ってもらっているという認識だから、
こうして出版以来、何年か後にも入り続けてくる印税については、知らない誰か、まさに本の神さまからの「コーヒー一杯、どうぞ〜飲んで〜」的なエールのようにも思えて、金銭の授受を越えたなんとも言えない感謝の思いを抱くのである。
ありがとう、ありがとう。

そして、著者にとって何よりありがたいのは「図書館」という存在である。
「お母さんの本、図書館にあったで。びっくしりたわ」(by中3息子)
いや、ほんと、全国の学校や、公共図書館に入れていただけることは、初版の刷り部数の基準ともなるから、図書館の存在は著者たちにとって、今や貴重な「基礎票」、自民党にとっての公明票ぐらいの?(笑)ありがたい存在なのである。

プラス、どんなに願っても、買うことも、見ることさえ叶わないだろう本がある。
古い学術書、洋書他、イマドキはたいていAmazonの中古で出回ってはいるのだが、それでもアクセス不能な著作はたくさんある。
そんなとき、ああ、VIVA!図書館!!
この本を大切に持っていてくれて、本当にありがとう!!
原稿を書きながら、何度そうつぶやいたことか。
いい本になるか、否かというのは、いかに「アクセスできない資料にアクセスするか」ということだと思う。
その素材の宝庫である図書館は、大英博物館やエルミタージュ美術館のような輝きを持っているのである。

そして・・国会図書館すら持っていない本を、遠いところの大学が保管していたり、一冊の本を求める作業は、知への揺るぎない信頼と愛情を持つ人々の生きた証を辿る旅のようにも思えて、たびたび足が震えるような感動を覚える。

もうひとつ思うのは、
やっていてよかった、関西学院大学非常勤講師(笑)
大学に籍をおき、図書館が利用できるって、世界のアカデミズムにアクセスできるってことなんだね。
“Mastery for Service”「奉仕のための練達」(←関学建学の精神)
「私たちは努力して専門知識の修得と人間形成に努めなければならないが、それは単に自己の利益のためではなく、隣人への奉仕を目的としたものである」(by第四代ベーツ院長)

そう、本を書くのも自己の利益のためだけではなく、隣人への奉仕の意味もある!
なるほどね。
がんばりまっす。

2017年8月10日 (木)

由貴と金妻と代表選と

先日、なにげなくテレビを見ると、森高千里、工藤静香、岸谷香が往年のヒット曲を歌うシーンだった。

この三人の中で1966年生まれの斉藤由貴と同学年は翌年早生まれの岸谷。森高は69年、工藤は70年生まれである。

それぞれともに声が出なくなったな、という印象だったが、
あれから30年、出産を経てこのスタイルをキープするとは尊敬に値するなあと思いつつ、
ふと頭は30年前の不倫を描いたドラマ「金曜日の妻たちへ」に至る。

あの頃の篠ひろ子、いしだあゆみ、小川知子、森山良子はあの時、何歳ぐらいの役柄を演じたのだろうか。
調べてみると、34歳、35歳・・。
古谷一行は38歳。
石田えりにいたっては24歳であり、いずれも実年齢とそう変わらなかった。

そして、想像する。
森高千里、工藤静香、岸谷香、加えて斉藤由貴と今井絵里子のキャストで「金曜日の妻たちへ」を作ったら、どんなドラマになるのだろうか。
いやいや、これを成立させるのは、いかにも難しい。
なぜなのだろうか。

「金曜日の妻たち」シリーズ3作は、いずれも核家族化の中での「夫婦」と「不倫」、そして裏のテーマとして「性的役割分担」の中で揺らぎ始めた女性の生き方の選択肢がいかに少ないかを、妻、愛人の立場を通しながら描いている。

「家庭を持つ妻」「子どものいる母」の不倫は、もちろん斉藤由貴氏や今井絵里子氏にに始まったわけではない。
しかし、昨今の報道の過熱ぶりはどう捉えたら良いのだろうか。
そこには「金曜日の妻たちへ」に描かれたものがないのだ。
「”葛藤らしい”「葛藤」が感じられないところに、納得するだけの理由が欲しいようにも思える。だから深追いする。

斉藤由貴の騒動は、どこか「暖簾に腕押し感」があるのだ。
彼女の受け答えは24歳時のそれとなんら変わらない印象であり、
この約25年の間をどう生きて、どう過ごして来たのかは過激なダイエットの中にしか見いだすことができない、というのも、実は時代的な何かを物語っているような気がする。
だからそこ、「斉藤さんは僕の中ではひとつの作品」とまで言い切る医師への傾倒に至ったのだろう。

強烈なアイドルが存在したこの世代をくだると、次なるアイドルが生まれるまで間があく。
ある意味「若手」として生きた時間が長い、というのも、彼らの成熟を阻む理由だったのかもしれない。本当は葛藤しているかもだけど、それが表に出ない、出せないのかもしれない。

さて、民主党代表選。
いつも変わらない顔ぶれ、とも言われている。
前原誠司は1962年生まれ。枝野幸男は1964年生まれ。
彼らもずっと「若手」と呼ばれてきた。
気がつけば、
中選挙区制度を経験した最後の期である現在8期の上には岡田克也ほぼ数人になっていて、
政治にける直「衆議院・小選挙区」という人材育成システムが
連続当選を危うくし、結果的には次の世代を生み出すことを阻む要因になったとしても、実はこの「中選挙区最後世代」にそれぞれ個性と実力を備えた人材がある意味”供給過剰”ともいえるように揃ってしまったという不幸もある。

偶然に思える出来事の起こり微妙な連関性がある。
彼らの斉藤由貴にも通じる、「暖簾に腕押し感」(笑)
代表選挙の議論を通じて、どちらもがそのイメージを払拭し、付託に足りうる「成熟した政党」に脱皮する未来を打ち出せるかが、民進党浮上の鍵でもあると思う。

2017年8月 6日 (日)

デマと政策

先日、ある方から
「知ってる?前原さんは日本会議じゃないんだよ」と言われた。
・・それ、ワタクシが(笑)
しかし、どこで伝搬したんだろうか。早いわー。

で、またまた先日、
日本会議所属の某政治家と話したら、
「どうしてそういうデマ(前原=日本会議)が、まことしやかに流れるかなー。
んなわけないじゃん。
前原氏は外国人参政権も、夫婦別姓も賛成。
その段階で『日本会議なはずない』って、フツーはわかりそうなもんだがな。
そもそも日本会議には政策的に入れない」
確かに(笑)ぶれてませんな、日本会議。

しかしこのデマの拡散をみていると、
「政策本位」と言う人でも、政治家の基幹部分の政策を見ていない人の方が断然多いということなのだろうか。

2017年8月 5日 (土)

それは嘘ではないけれど〜  「斉藤由貴論」①

斉藤由貴氏にせよ、今井絵里子氏にせよ、
これだけ話題になるのは、彼女たちが「子を持つ母」であるという側面を無視することはできない。
子育て中の母が、子をおいて、夫以外の、もしくは妻のいる男性と「一線を越える」ことは、多くの人々にとって「信じたくない現実」なのである。

実はワタクシ、昨年11月に書いた「松本隆論」の中で、

斉藤由貴氏についても言及しているのだが、

「卒業」は戦後初めて?かわいらしくてはかなげな女の子が、大方の流れに逆らって「泣かない」「待たない」ことを宣言した画期的な楽曲である。

従順で夢見がちに見える少女が、「それは嘘ではないけれど〜」としつつ、現実を直視せよと男子を諭し、行動するのである。

豊田真由子氏、松居一代氏、稲田朋美氏、蓮舫氏も含めて、「2017年オンナの事件簿」ともいえる様々な事象は、「おにぎりマネージャー論争」「家事ハラ」「保育園落ちたの・・」他、ここ数年のジェンダーをめぐる問題と無関係ではない。いや、その根源はつながっているのだ。

こうした中で「国籍」や「戸籍」が問われたことは、実はこの国が抱える、そしてあいまいにし続けてきた問題が、いよいよ吹き出さざるをえない状況まで追い込まれているということを示しているのかもしれない。

いずれにせよ、日本社会にとっては今年がひとつ、大きな節目であることには間違いない。


2017年8月 1日 (火)

民進党代表選 「リベラルVS保守」ではない

慶応大学井手英策教授の民進党代表選挙に関するコメントをシェアします。

今回、立候補を検討しているといわれている枝野、前原氏に対しては残念ながら多くの方々が誤った情報を信じ、あたかも真実のようにレッテル貼りが行なわれており、本当に残念です。

前原さんの「日本会議」云々に関しては、違うと否定してもあまりに言われるので、前原さんご本人も自分でなく誰かが登録した可能性もあるかと思い、直接本部に確認。
結果「履歴は一切ない」との回答。つまりデマでした。
もし、今まで「前原は日本会議」とした内容を書いたり、シェアしたりしたことのある方は、自らが根拠としたものを再度ご確認いただいた上で訂正をお願いいたします。それが少なくとも発信者としての最低限の責任だと思います。

今回の代表選に関しても、「リベラルVS保守」と決めつけて分断をあおろうという論説もみますが、それについてはナンセンス。
昨日枝野さんともお話をし、彼もそう矮小化されることに強い懸念があるとおっしゃってました。

ワタクシは双方とも30年来の付き合いがあります。新党さきがけ、民主党の発足時、彼らの政策や言動も見てきました。
政治人生のほぼ全てを互いに切磋琢磨してきたふたりだからこそ、今回の代表選は真の「政策論争」ができると思っていますし、そうしなければならないとも思っています。

そういう意味では「誤解を解く」という作業は、彼らにも、また民進党には課せられていると思います。

正式に日程が決まり、立候補者が出そろったところで、
ワタクシの考え方他は表明させていただきたいと思います。

以下、井手教授のFBより

予期せぬ形で民進党の代表選が行われることとなりました。ご存知のように、僕は前原さんを支持してきました。ですが、そのような僕なんかに蓮舫代表は発言の場を準備してくださいました。その懐の深さはここにきちんと書き記しておきたいと思います。ここでまかれた種が大きく伸びゆくことを願っています。本当にありがとうございました。

メディアはいまだに保守とリベラルのレッテル貼りをしようとしますし、正直、党内にもその雰囲気はあります。でも、大切なことは、もうその区別ではこの社会の行きづまりは説明できないし、また解消もできないということです。

まだ候補者は出揃っていません。ただ、枝野さん、前原さんは、気心の知れたおふたりです。お互いの主張・存在を尊重し合いながら堂々と議論し、私たちがどんな社会を目指すのか明確に示していただきたいと思います。そんな思いでいますから、この朝日の記事はグッときました。素晴らしいスタートです。

保守とリベラルを「止揚」するための闘いとなることを期待しますし、もしそれができないとすれば、いよいよ党の存在意義が問われることとなるでしょう。僕にとっても熱い夏が始まります。

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