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2017年8月10日 (木)

由貴と金妻と代表選と

先日、なにげなくテレビを見ると、森高千里、工藤静香、岸谷香が往年のヒット曲を歌うシーンだった。

この三人の中で1966年生まれの斉藤由貴と同学年は翌年早生まれの岸谷。森高は69年、工藤は70年生まれである。

それぞれともに声が出なくなったな、という印象だったが、
あれから30年、出産を経てこのスタイルをキープするとは尊敬に値するなあと思いつつ、
ふと頭は30年前の不倫を描いたドラマ「金曜日の妻たちへ」に至る。

あの頃の篠ひろ子、いしだあゆみ、小川知子、森山良子はあの時、何歳ぐらいの役柄を演じたのだろうか。
調べてみると、34歳、35歳・・。
古谷一行は38歳。
石田えりにいたっては24歳であり、いずれも実年齢とそう変わらなかった。

そして、想像する。
森高千里、工藤静香、岸谷香、加えて斉藤由貴と今井絵里子のキャストで「金曜日の妻たちへ」を作ったら、どんなドラマになるのだろうか。
いやいや、これを成立させるのは、いかにも難しい。
なぜなのだろうか。

「金曜日の妻たち」シリーズ3作は、いずれも核家族化の中での「夫婦」と「不倫」、そして裏のテーマとして「性的役割分担」の中で揺らぎ始めた女性の生き方の選択肢がいかに少ないかを、妻、愛人の立場を通しながら描いている。

「家庭を持つ妻」「子どものいる母」の不倫は、もちろん斉藤由貴氏や今井絵里子氏にに始まったわけではない。
しかし、昨今の報道の過熱ぶりはどう捉えたら良いのだろうか。
そこには「金曜日の妻たちへ」に描かれたものがないのだ。
「”葛藤らしい”「葛藤」が感じられないところに、納得するだけの理由が欲しいようにも思える。だから深追いする。

斉藤由貴の騒動は、どこか「暖簾に腕押し感」があるのだ。
彼女の受け答えは24歳時のそれとなんら変わらない印象であり、
この約25年の間をどう生きて、どう過ごして来たのかは過激なダイエットの中にしか見いだすことができない、というのも、実は時代的な何かを物語っているような気がする。
だからそこ、「斉藤さんは僕の中ではひとつの作品」とまで言い切る医師への傾倒に至ったのだろう。

強烈なアイドルが存在したこの世代をくだると、次なるアイドルが生まれるまで間があく。
ある意味「若手」として生きた時間が長い、というのも、彼らの成熟を阻む理由だったのかもしれない。本当は葛藤しているかもだけど、それが表に出ない、出せないのかもしれない。

さて、民主党代表選。
いつも変わらない顔ぶれ、とも言われている。
前原誠司は1962年生まれ。枝野幸男は1964年生まれ。
彼らもずっと「若手」と呼ばれてきた。
気がつけば、
中選挙区制度を経験した最後の期である現在8期の上には岡田克也ほぼ数人になっていて、
政治にける直「衆議院・小選挙区」という人材育成システムが
連続当選を危うくし、結果的には次の世代を生み出すことを阻む要因になったとしても、実はこの「中選挙区最後世代」にそれぞれ個性と実力を備えた人材がある意味”供給過剰”ともいえるように揃ってしまったという不幸もある。

偶然に思える出来事の起こり微妙な連関性がある。
彼らの斉藤由貴にも通じる、「暖簾に腕押し感」(笑)
代表選挙の議論を通じて、どちらもがそのイメージを払拭し、付託に足りうる「成熟した政党」に脱皮する未来を打ち出せるかが、民進党浮上の鍵でもあると思う。

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