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2017年11月 7日 (火)

むきだしの好奇心の先に

http://www.kanaloco.jp/article/289405

神奈川新聞の山尾志桜里衆議院議員に関するインタビュー記事を巡って賛否の声が上がっている。
最初にこの記事を読んだ時に、ワタクシが違和感を覚えたのは「政策顧問」という役職である。
通常、政策面でアシストを受けるとしてもわざわざ事務所として役職名をつけて、就任を依頼する、なんてことはないからだ。
後援会の役職ならばままあることなのだが、政策に関して言えばわざわざそんな役職はつけない。むしろ、できることならばそうした存在は隠しておきたいと思うのが政治家の政治家たる由縁でもある。
つまりは、有権者の信任を受けた政治家が、そうではないある特定の人物の意向に左右されているのではと見られることは避けたいと思うし、たとえそれが身近な家族、妻や夫であったとしても、外に向けては一線は引いておかなければならない、と思うのが常であろう。
加えて、附加されている山尾氏の一人称で語る部分について、これは彼女自身が語ったものなのだろうかと少々の驚きを持ちながら読んだ。
というのも、一連の報道に対する見方も甘ければ、最後の一文ではあの強気の山尾氏が、もはや彼女ひとりでは政策立案が十分にできないとカミングアウトしているではないか。

「むきだしの好奇心」。
なるほど、山尾氏はそう思っているのだな、と思うと、このブログの内容も合点がいく。
国民はそこまで彼女の私生活を知りたい訳ではないし、逆に言えば、もう既にそれについてはわかっている。
問われていたのは「男女の関係の有無」ではなく「なぜ、この時に、わざわざ、疑われるようなことを?」という危機管理能力と、起ってしまった問題に対してどのように対処をして行くのかということ、また、少なくとも組織(野党第一党=当時)のリーダーになんなんとする人が、そこに連なる人々に対して責任を負うことをどこまで理解しているか、である。
なぜならば、多くの国民は彼女に期待していたからだ。
「この人に、この国を、世界を任せられるか」が問われていたのだ。今も、だ。

そう思うのは、ワタクシもその一人だから、だ。
2009年で衆議院議員に初当選し、鳩山政権が倒れる2010年6月頃から、平日のほぼ毎日、昼休みは彼女と一緒に過ごした。
妊娠した時に議員会館の部屋替えで、既に決まっていた議員に変更をお願いに行ったりもした。
様々な場面で協力しながら、’女性’議員というだけでなく、ひとりの議員として自立をし、この国に住む人々の生きづらさの改善につながることをしたいという思いは同じだったと思う。

家族やプライベートをさらす危険にあるのは、政治家ならば男女ともに同じだと思う。
実際、重婚疑惑を報道された中川元政務官は立候補を断念した。
この問題で女性政治家云々と、ジェンダー議論を持ち出すのは適切ではない。
男性がやっているから女性も、ということではないのだ。

もちろん男性議員よりも、育児や家事の負担を過剰に抱えながら政治活動をしている女性議員はたくさんいる。それと今回の議論を混同してはならない。
そこに逃げてはならぬ。

以前、山尾氏の政治資金が問題になった時に、苦言?(今でもまっとうな意見だと思っているが)を書いたのは党内でワタクシだけだった(と思う)。
党の国会対策から注意がきた。必死で火消しをしているのに、なんだ、ということだった。
ワタクシは火に油を注ぐつもりで書いたわけではないし、「説明責任を果たすべき」と書いただけなのに過剰な反応ではないかと言ったが、党全体にとって都合が悪いならば削除することもやぶさかでないと伝えたら、「直すところはないし、掲載もそのままで良い」とのことだった。
後日、同じようなことが、蓮舫氏の二重国籍の時にもあったのだが。その時には国対から選対を通じて、だった。

しばらく経って、山尾氏にそのことを話した。
彼女が、その後に言ったことや、プライベートで話したことをワタクシは書くつもりは一切ない。

なぜならば、彼女は自らの責任で、自らの本心が伝わるように書き、話すべきだと思っているからだ。

その一つがこのインタビューだったとするならば、かなり残念だ。

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