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2017年12月15日 (金)

体外受精はセックス(性行為)か

またまた「父とは誰か」を巡って、悩ましい裁判の判決が出た。

体外受精で凍結保存していた受精卵を別居中の妻が夫に無断で移植、生まれた子と法的な父子関係はあるのか、ないのか。
本日、奈良家裁(渡辺雅道裁判長)は男性の訴えを却下し、父子関係を認める判決を言い渡した。


毎日新聞の報道によれば、判決では、凍結受精卵の移植について両親の同意が必要としたうえで、2人の当時の交流状況から、同意がなくても、婚姻中に妻が妊娠した子は夫の子と推定する民法の「嫡出推定」の規定が適用され、「嫡出子」として認められると判断したのだ。


さて、この判決でワタクシが最も気になったのは「生物学的な親子関係に争いはなかった」という点である。

つまり、子がこの男性に対し、認知の訴えを起こしたならば、男性はどのみち「父」になるであろうということなのだ。

この男性のこだわりポイントは「嫡出子」(婚姻内で出生した子)か「非嫡出子」(婚姻外で出生した子)かというところだったのだろうか??

日本における「認知」という法律はあまりにずさんで、摩訶不思議な法律なのだが(ああ、それだけで一冊書けそう・・)

たとえば酔った勢いで、とか、愛情は全くないが等々、妊娠に至る過程や当事者の意志とは関係なく、ただただ生物学的な親子関係があるか否かだけを問われる。
さらには相手が妊娠したことも知らぬまま産まれた子が、何十年後に生物学的父の前に姿を現し、認知を求めることある意味「よくあること」。
その際、認知を求められる側に受精や着床、つまりは出産に同意したか否かももちろん問題にされない。
つまりは、性行為は生殖行為であることに自覚があったかがなかったかなんて関係ない。
単にセックスして精子を放出した結果責任のみが問われる。もちろん、それは応分の。

今回の「受精卵の移植に同意したか否か」でもし父が決まるとするならば、
セックスという「性行為」はしたが、「生殖行為」はしていない。つまりは「受精卵となることには同意をしていない」と認知することを拒む輩も出てきかねない。

生殖補助医療を受ける場合、体外受精をして受精卵を作る段階でそれは性行為、生殖行為と同等とみなさないと、バランスに欠けるという話になるのではないだろうか。

いずれにせよ、生殖補助医療に関する法整備が叫ばれて、どんだけ時間が経っているのか。

ま、逆に内容を理解しない人々に変なの作られちゃたまらんので、その辺は難しいところだが、この制度設計こそきちんと人材を揃えてしっかりやらないと、今や20人に1人となった体外受精児たちの法的地位は守られない。

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