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2018年1月

2018年1月27日 (土)

新刊、出ました!!

1月半ば、二つの新刊が出ました。

昨年出したものと含めて、本屋さんに並んでいますので、ぜひぜひ!
「不安な未来を生き抜く最強の子育て-2020年からの大学入試改革に打ち勝つ「学び」の極意」(佐藤優氏との共著・集英社)
「知の巨人」佐藤優先生との対談です!
「無戸籍の日本人」(集英社文庫)
こちらには、なんと文庫版オリジナルとして
「誰も知らない」の是枝裕和監督との対談並びに加筆原稿が入っています。
そして
岩波新書の「日本の無戸籍者」も増版まであと一歩!
渾身の一冊です。
ぜひ、お読みいただけたら!!

2018年1月18日 (木)

なるほど「ニュー別姓訴訟」=「同姓訴訟」だった・・の巻①

サイボウズ・青野社長が起こした別姓訴訟に関して「「ヨス」さんが書いたふたつのブログを、
「新しい夫婦別姓訴訟(東京地裁)における原告側の主張を適確に,かつ分かりやすくまとめてくださっている」として訴訟を担当する弁護士の作花事務所がシェアしている。
https://yossense.com/street-name/

「明日からチョンマゲな」

青野さんに倣ったわけではないが、い思わずつぶやいてしまったが(笑)
この訴訟の位置づけを知る意味では示唆的な内容にもなっている。
(ちなみに明治初期は「別姓」が法的にも担保されていたから、この「チョンマゲ表現は「ザンギリな」がむしろ正しいのだが笑)

訴訟内容を「適確に」まとめたというブログには、この訴訟について 

*******

「『別姓にするよりも旧姓の通称使用を拡大させろ!』というものです。」

「先ほど例に出した『夫が名字を変えてくれないと家が消滅する』という事例においては、夫に法律上は姓を変更してもらい、戸籍上は元々の夫の姓を使い続ける……ということで解決します(夫が納得するかどうか……という問題はありますが)」

「こうすることで、生活で実際に使われる『通称名』は、戸籍上にも記載されている『法的根拠のある名字』という太鼓判をもらえるということです」等々

*******との記載がある。

ん?「別姓にするよりも、旧姓の通称使用拡大」を求めるなら、戸籍上はまず同姓を選んで、旧姓は通称として戸籍法上も使用を認めるということだ。
つまりはやっぱり夫婦は「同姓」を「選ぶ」。そこは今まで通りとなる。
となると、そもそも「ニュー別姓訴訟」でななく、「同姓訴訟」というべき事案なのではないか。

家が消滅する・・って。
このブログの中では、
「(夫が納得するかどうか・・という問題はありますが)」と自覚的に書いてあるが、
つまりは誰かの納得、犠牲を生じるならば、そこにどれほどの意味があるのだろうか?
訴訟を経て万一法改正となっても、指摘のケースのようにそれはさらに「家」に縛られた生き方を強いることになるのではないだろうか?

そもそも「家」なんぞ、たかだか150年に満たない「作られた伝統」であり、むしろ保守派の皆さんが大好きな長ーい日本の歴史の中では、点にも満たないごくごく最近のお話。

明治的支配を最短で完成させようと、即席で作った制度でもある。
「夫婦同姓」はその根底に、性別、出自等も含んだ差別構造を固定化し、可視化する装置として使われてきた。
この歴史的背景を丹念に見なければ、たとえ前に進んでも問題を積み残すことになる。

一方で、少なくともここでは「ニュー別姓訴訟」と表現しているということは、「別姓訴訟」には「オールド」が存在し、それとは違うということを強調しているわけで、そこは繰り返しになるが「ニュー夫婦別姓」はあくまで「夫婦同姓」の変形。旧来の「夫婦別姓訴訟」とは「ベツモノ」なのである。

ただ、旧姓使用が国から正式に「太鼓判をもらえる」ことを求めるだけなら、旧来の政府与党が推進して来た施策の拡充を応援すればよいこととも思える。
その辺の内容については、「別姓反対・通称推進派」として30年来活動をしてきた高市氏の著作に詳しい。

さて、ここで想定されているであろう「オールド別姓訴訟」だが、改めて認識したのは、

「夫婦別姓訴訟」には「ニュー」も「オールド」もない。

あるのは訴訟へ参加や必要性の有無も越えた連帯である。

ということを知ることに至ったという意味では、
「ヨス」さんが書いたブログを作花先生がシェアしてくれたことには大いに意味があると思う。

そして、誰もが真に選択できる、日本の伝統でもあった(笑)真の「夫婦別姓」を推進していきたいと思う。

チョンマゲがいいと思えば、どうぞ、どうぞ。
ザンギリも、アフロも選べる社会を維持するルールを作りたいぜ。

2018年1月 5日 (金)

今年の箱根駅伝〜「戦国駅伝」にならなかった理由

 今年の箱根駅団の下馬評は東海大・神奈川大・青学大が3強。これを追う6校が東洋大・駒沢大・中央学院大・日体大・順大・早大の「戦国駅伝」・・・というものだった。

 が、結果的には「3強」予想は全く当たらず、ただ「普通に走った」青学大があっさりと優勝した。

 東海大と神奈川大には優勝争いしてもおかしくない戦力はあったが、エースや中堅に故障者が出た上、5区山登りにブレーキがあった。結果的に青学大にわずかに抵抗できたのは上級生に故障者が出た分を1年生4名(うち好走2名)がカバーした東洋大だけで・・・結局は「戦国駅伝」でも何でもなく、勝負的には全くあっさりとした印象の大会になった。

 さて、早大は東洋大に次ぐ3位に来た。

 戦力的には今回の上位2校、さらには東海大・神奈川大・駒沢大などにも大きくヒケを取ると見られていたが・・・1・2・3・5・6・9・10区の調整がドンピシャであった。

 個々の実力は昨年のチームより大きく劣ると見られており、実際その通りだっただろうが、1月2日3日に限ったアウトプットでは同じ3位。

 出雲優勝の東海大や全日本覇者の神奈川大の上に、今回の早大がくることも単純な戦力比較でははおよそ考え辛いことだった。

 6・7・8区の人選にはかなり苦しいいきさつが垣間見えたものの・・・今回から少し調整を変え、どうやら新しい境地を獲得したのではないか。

 「3位で喜ぶチームってどやねん」という声もあるだろうが、新しいピーキング技術が手に入ったのなら、その部分については素直に喜んでいいと思う。

 各校の戦力を大きな試合でのエースどうしの着順、各選手の年間を通しての記録、また短い距離の駅伝結果から見れば、確かに群雄割拠の「戦国時代」だ。

 ではなぜ実際にはこれほど明白な差がついたのかと言えば、「速い(記録をもつ)チームが必ずしも(長い駅伝で)強くない」から。で、さらにその理由をより具体的・技術的に掘り下げれば、チームとしての仕上げ技術に明らかな格差が出てきている、ということが理由の第一かも知れない。

 青学大や東洋大はそうした点でもさすがであり、中位チームでは今回の拓大や法大の仕上がりには見るべきものがあった。

 一方、東海大・神奈川大以外でも、中央学院・日体大、あるいは1区の先陣争いで無理したツケが出た感もある駒大・順大なども、チームとしての仕上がり具合は総じて悪かったような感じがする。

***********************

 以上は早大競走部OBの夫の分析である。

 毎年のことながら、箱根駅伝をみると選挙とダブる。

 調子が良さそうにも思えない自民党が、特になんの秘策もないが圧勝して行く様相。

 野党はそれぞれの持ちタイム=基礎票の足し引きといった単純計算だけは勝てない。一発逆転を狙って、エースを投入しようと思ったら、直前でエントリー変更(笑)

 新興政党はそこそこがんばったが、基本、他からの引き抜きだから、じゃあ、次回はというと、相当のてこ入れが必要・・。

 青学の原監督は「業界の常識」を疑い、変えることが、陸上界への貢献であると、常に発言し、 練習や選手起用等々で実践して来たが、政治業界でも「水飲むな」的な根性論&しごきがいまだに残っているのだが、ネット他環境の激変に対して対応する+世界情勢が変わる中で対応できる選手育成を目指さないと、たとえ選挙に勝っても使えない議員の量産になる。

 その辺を踏まえた「ハーモニー大作戦」をどう作り出すのか。

  選挙がないからこそ問われる一年になりそうだ。

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