« 長靴とパワハラ | トップページ | 論拠が示せない国会質問の愚 »

2018年3月19日 (月)

官僚の「日記」と森友問題

森友学園との国有地取引の決裁文書に関わる改ざん内容を見ながら、
ある意味、優秀な官僚たちにして、極めて大ざっぱな内容を残し決裁したことの意図は

①現場の役人がこの取引に納得していなかったこと
②将来的には何かが起る可能性があること
③その際には自分の責任にされること
④回避するために、証拠を残しておくこと
であろうことは、誰もが想像つく話である。

さて、日本では古代、律令制が成立した当時から、
さまざまに公文書の作成、管理に関してのルールがあった。
また公文書とされなくとも、個人的な記録がそれを補完する歴史的資料とされている。

それが「日記」である。

日記はまず朝廷の公的記録として始まった。
日時=日次(ひなみ)順に記載されることが原則だが、行事や事件ごとに特別に記載、記録されることもあった。
「日記」は文字を書くことができる人が限られた時代において、官僚たちが個人的にも日々の活動や諸行事について起ったことを記載する習慣を持ち始めたことにより発達して行く。

漢文や変体漢文で書かれた「日記」は文学ではなく、あくまで「公文書」に書けない部分を記した准公文書とも言えるのである。

中世にはそればかりではなく、感情的な思い等をしたためた「日記文学」として昇華していくが、
今日に至るまで事実が正確に掴めない場合においては、複数の「日記」を照らし合わせてその状況をあぶり出して行く、ということがよく行なわれている。
記載が間違いや意図的に改ざんしている部分も含めてである。

この国の「史実」は数多ある「日記」によって支えられているとも言えるのだ。

今の官僚の方々も、自身や組織の日程管理から、重大な事象他、個人的な「日記」をしたためているのではないかと思う。
しかし、それは何らかの事件が起ったとき、即座に表に出せるものではない。
検証されるべきときまで待たなければならない、もしくは永久に外に出すことができないかもしれない。

となれば、
今ある公文書の中でできるかぎりの「跡」を残しておかなければならないという「自己防衛」が、あの改ざんされた部分なのだと思う。
稚拙な記載となったのは、さらなる「圧」を受けないためであろうか。

確かなのは、
古代律令制が成立して以降、
この国で「日記」をつけ続けた幾千万、幾百万の官僚の思いと共通するものなのだろう、ということだ。

« 長靴とパワハラ | トップページ | 論拠が示せない国会質問の愚 »