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2018年4月 5日 (木)

相撲協会他「伝統」好きな皆さまに贈る、「武士道」新渡戸稲造の言葉

いやはや。

舞鶴の土俵問題。

明治以降の「造られた伝統」を万世一系のごとく太古の昔から続いてきたと信じ切っているようにさえ思える方々に、皆さまが大好きな「武士道」の作者新渡戸稲造先生が語った言葉を贈りたい。

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「婦人が偉くなると国が衰へるなどと云ふのは意気地のない男子の云ふこと」(by稲造)

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以下、「新渡戸稲造の教育論における 「犠牲と奉仕」」(棚村惠子著)より抜粋。最後の2行はワタクシの言葉だがね(笑)

塩をまく前に、よーく読んでいただきたい。

「所謂良妻賢母なる主義は人間を一種の型に嵌め込むやうなものでありま す。女と雖も人間である以上、人間としての教育なり、人間としての修養を しなければなりませぬ。
然るに日本の教育は女を妻か、母か、娘か、いずれ にしても一人立ちの人間らしくない、男の付属品の如く見て居る。何うも日本の女子教育は人間の教育ではない、とかう考へてゐます。―中略―
一個 の人間として立派に出来上がった婦人ならば、妻としては良妻であり、母と しては賢母であることはいふまでもありません。
処が今日迄の教育の結果で は、真実の良妻も賢母も余り見受けないやうで、夫に死なれて明日の生活に 困るといふ様な、弱くて哀れな婦人ばかりが出来上ってゐる様に見受けま す。―中略― 父兄も其娘に保険料でもかける様な考へで、進んで高等教育 を授けて貰ひたい。結婚の衣裳に大金を投ずるだけが親としての責任ではな く、衣装以上の頭を持参させるようにしたいものであります。」(「開かるべ き女子の進路」『婦人に勧めて』)

このように、新渡戸は新しい女子大学は良妻賢母養成教育でもなく、職業教育で もなく「一個の人間として立派に出来上がった婦人(人格)」の養成のため にあるのだと考えていた。さらに女性を夫だけに依存させ、「弱くて哀れな 婦人」にさせかねない従来の女子教育ではなく、自分の頭で考え、道を拓い ていける強い女性を育てたいと考えていたことが分かる。

これに考えに対し、東京女子大開校式の来賓として当日出席するはずの岡田良平文部大臣は、代読による祝辞において、女子教育は「国家発 展の根本を培養する」ことに寄与するのだと述べた。
女性を個人として見る のではなく「国家発展」のためと見る岡田の祝辞は、新渡戸が男女の平等と 女性の「人格」を強調したことと対照的であった。

・・・お、岡田っ💢

今もこの延長ってところが、つらいっすな。

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