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2018年6月11日 (月)

過去のワタクシに言ってやりたいこと  

「博士論文を書くのに3年もいらんよなー」
と思っていた過去のワタクシに言ってやりたい。
「無理っっ!!!!」
しかも、働きながらだからかなりつらい〜
まず読むのが追いつかん泣

博士課程は授業がそもそも少なくて、大学に通うのは基本週1なのだが、
しかーし、その数少ない授業がまたすんばらしいわけですわ。
1人〜多くて3人の少人数。
ということは、毎週発表でつらいのだが、
先生の授業の素晴らしさに毎回うっとりする。
学部のものとは全く違う。初めて勉強しているという実感(笑)

「これを学部でもやったら、どれだけ人材育つか〜」と言ったら、授業料をは今の10倍以上にしないと成立しないと。

まあ、そうだよね。

指導教授から勧められ取った授業のひとつは、修士課程の授業の聴講なのだが、
「質的調査を用いたジェンダー研究の理論と方法」というもので、
自らの研究テーマに沿った質的調査を実際の調査現場で行うための知識と、調査力を身につけることが目的。
参与観察型調査も、ナラティヴ研究も、ある意味今までさんざんやって来たことなんだけど、
論文としてまとめるためにはデザイン技能が必要と悟ったぜい。

で、たまたま今週の課題で読んでいる「風俗業界で働く女性のネットワークと学校体験」(上間陽子)「生殖医療における「素人の専門知識」の潜在力ー妊娠を目指す患者の知識収集と受診戦略ー」(竹田恵子)に、
5歳女児虐待死事件ともつながる指摘を読む。

人はまず、自分の居場所としてのネットワークを築く。そしてそれはリスクを回避する機能と、拡大する機能とを併せ持つ。この相対する機能が好循環するか否かは、学齢期における学校体験が大きく寄与している。
なぜならリスク層の若者の移行過程においては、同輩集団が唯一のシェルターとして機能しているからだ。
「若者」は若くして子どもを持った「子育て家庭」や「シングルマザー」とも読み替えられる。
同輩集団を持たない場合は、孤立し、リスクに対して単独で闘って行くことになるのだ。

考えさせられる。

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