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2018年8月

2018年8月24日 (金)

どんな思いで・・東京医大不正受験 受験料振込票に込めた思い

ご連絡をいただいていた当事者の保護者の方から、お話をうかがいました。 受験料の振込用紙をみて、新たに怒りが込み上げます。

子どもががんばってきた日々、どんなにつらそうでも親は助けてあげることができません。
銀行で受験料を振り込む際、どの親も子どもがベストを尽くせるようにと、祈りを込めて振り込んだはずです。

「東京医大等入試差別問題当事者と支援者の会」では、女性・男性に関わらず東京医大を受験された当事者のみなさま、保護者のみなさま、関係者のみなさまからのご連絡をお待ちしております。
【連絡先】 kaese0802@gmail.com

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2018年8月19日 (日)

東京医大等不正入試が差別するもの〜ハリエット・ビーチャー・ストウから読み解く「劣化した優位」もしくは「女性差別」だけではない、マイノリティに対する「区別」について

今、全く別の原稿を書いていて、検索していたら2年程前に自分が書いたハリエット・ビーチャー・ストウの「アンクルトムの小屋」に関してのブログが出て来た。


ここで言及しているのは「白人男性」が履いた「下駄」についてである。

ストウがこの物語で描こうとしたのは、「差別」ではなく「区別」という言葉を使って、さもその存在を尊重するかのように物言う人々に対しての警告でもある。


たまたま読んだ「魔女の審判」(駒尺喜美・小西綾著 不二出版)にも「差別」と「区別」について、同様のことが書いてある。


内なるものに対して行なう「差別」と、外のものと見なす「区別」には大きな違いがある。
今回の問題は、女性と多浪(といっても、そもそも医学部に不合格で浪人を重ねている人だけではく、転学等の場合も多浪とされて)は、表向きは試験を受けさせるが、実際には排除すべき存在として一律、もしくは面接等で低得点になるように別扱いの仕組みを作っていた、もしくはそのように推測されるのは「区別」に近いことなのだろうと思う。


「人間は特別の悪人でなくとも、時と場合によっては、自分より弱いものに対して、どのように残酷なことでもなしうるということである」(「魔女の審判」)

つまり「どのように残酷なことでもなしうる」ということは、その傷みを共有できないということだ。
自分とは違うから、なんだってできる。
「劣化した優位」は内なる危機を感じた時に、それを「区別」した人々を切り捨てることで自らの保身に走る。

私がこの問題が「女性差別」に留まらず、年齢、国籍、LGBT等の性的指向等あらゆるマイノリティに対しての、いわれのない偏見、差別を通り越した区別問題とつながっているのではないかと思うのは、そうした理由があるからだ。

そここそ、国民は直視しなければならないと思う。逃げずに、避けずに。

ハリエット・ビーチャー・ストウ「アンクルトムの小屋」については以下。

(前略)

「奴隷解放」がメインテーマで、アンクル・トムが主人公とばかり思っていたこの物語が、実はどうして、ストウが書きたかったのは、人権やエスニシティの問題もさることながら、別のことだったのではないか、ということだった。

つまりは、能力があるなしにかかわらず「白人男性」という「下駄」を履いているが故に逆に「浅はか」となる、どうしようもない人、そして、例えば所有者と奴隷という絶対的上下関係がありながらも、その奴隷情婦に支配されてしまったりする、圧倒的権力を持った側の倒錯。それこそが彼女が描きたかったリアリティなのだと思う。

心良き人はそれゆえに経営手腕はなく、結果的に自分が大切にしている奴隷を売るという最悪の結果をもたらしてしまう。富を得るのは吝嗇で、人を人とも思わない、また自分の「生まれながらの優位性」を信じて疑わない人だ。

「たまたま」以外の理由がないのに、人為的に作られたこの「生まれながらの優位性」を、アメリカは建国の歴史の中で利用してきたとも言える。

誰から見ても分かりやすい区分とするために、肌の色と性別を「下駄」=既得権益として固定化していく。

「下駄」を失った場合でも、被差別者を売り、危険に晒すことで自らの地位は保全される。

この「劣化した優位」をストウは容赦なく書く。

そして登場させるのは絶対的救済としての母性=男性不在で誕生したキリストである。

そう言う意味ではフェミニズムの萌芽も見て取れるのだが、ビクトリア朝時代の価値観の中では分厚い天井からは空は見えない。雨漏りしていたとしても。

公民権運動の高まりとともに、「アンクル・トム」は白人に取り入る情けない黒人の代名詞として使われるようになり、作品自体の評価も下がったと聞くが、今日、再評価がされているというのは、なるほどもうひとつ深いところに手を突っ込んでいることが、理解されて来たということなのだろう。

2018年8月16日 (木)

東京医大はMMPI検査で何を調べたかったのか?~LGBTなど性的指向を問う検査を入試に使う理由とは?

東京医大の入試で行われていた「適性検査」、MMPI試験。

「縁」とはこういうものなのだろうなと思うのだが、
実は私は2012年、衆議院法務委員会にて地方公務員試験でMMPIが採用されていたことについて問題を指摘している。

MMPIが国会で取り上げられた例は初めてで、それまでLGBTについて法務大臣に正面から質疑されたことはなかった。

東京医大のMMPI採用に関連しては主に「性生活に満足している?」といったハラスメント性が問題視されているが、一般的にMMPIは、性自認を問うことで、それが職務に対して適正かをはかる、いわば性的マイノリティの性自認等を見極める試験として使われていたのだ。

その後、MMPI については尾辻かなこ議員が質問主意書でこの時の質問も踏まえて出している(「性同一性障害等の性的マイノリティに対する偏見や差別を助長しかねない教員採用試験における適性検査の実態とその改善等に関する質問主意書」)http://www.sangiin.go.jp/…/kou…/syuisyo/183/syuh/s183132.htm

さて、私の2012年の法務委員会での質問だが、
滝実法務大臣に「大臣、LGBTという言葉をご存知でしょうか。」と言った瞬間、法務委員会の空気が凍ったのを、今でも覚えている。

それから6年。LGBTを取り巻く状況は大きく展開をしたことに感慨を持つ一方で、
MMPIが別のところで生き残っていることに、強い違和感を覚える。

東京医大は、既に問題性が指摘され、多くの採用試験、入学試験から姿を消したMMPIをなぜ採用し続けていたのか。

これにより何の適性を見ていたのか。

もしかすると女性差別や多浪、年齢差別に加えて、性的志向もまた差別や圧迫試験の対象となっているのであればさらに問題である。

強く抗議をしたい。

以下は、2012年6月15日 法務委員会質疑。


○小林委員長 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。井戸まさえ君。

○井戸委員 おはようございます。
 まずは、滝大臣、御就任おめでとうございます。滝大臣に対しましての最初の質疑ということで、私もとてもうれしく思います。
 まずは、人権の問題についてから伺いたいと思います。LGBTの人権です。
 大臣は、LGBTという言葉を御存じでしょうか。

○滝国務大臣 総括的な用語のようでございますけれども、個別のことはもちろん存じておりますけれども、総括的にそういうような話を記憶しておりません。

○井戸委員 LGBTというのは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字になっています。ちょうど今月はLGBTプライド月間で、世界各地でパレードや集会などのイベントが行われています。
 LGBTは、長い間、恥ずかしいこととして差別や抑圧を受けてきました。そこで、当事者の方々が、自己の性的指向や性自認に誇りを持つということでプライドという言葉が使われていますが、逆にプライドを傷つけられる場面も少なくありません。
 先日、「いのちリスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」の方々から、地方公務員の適性試験で性的指向や性役割に関する質問が行われている現状を伺いました。MMPIという試験なんですけれども、二〇一〇年、ある県の職員採用上級試験の二次試験で、質問項目に、同性に強く引かれる、異性といちゃいちゃすることは楽しい、性のことで家庭内で問題を起こしたことがある、女性に対しましては、女に生まれてよかったと思っている、男性に対しては、女に生まれたかった、性のことで悩んでいないなどの項目に、イエス、ノー、どちらでもない、この三択で答えるという質問があったということです。
 この試験が職員採用の適性試験としてふさわしいかどうかという問題もあるんですけれども、受験をした性的マイノリティーの方々は、とても傷ついて、不安を抱かれたと聞いています。
 この試験を行った県は、法務省などの助言で、今年度から改めると伺っています。このような試験は、ほかの自治体職員、警察官や教員採用でも行われているようですけれども、その実態はわかっておりません。
 人権擁護、啓発活動を所管する法務省には、実態の把握はもちろんなんですけれども、性的マイノリティーの人権侵害が行われないように、しっかり対応していただきたいと思っています。
 大臣のこの問題についての御見解と、今後の取り組みについてお伺いします。

○滝国務大臣 今の御指摘の試験については、不用意にそういうことを導入することがどれだけ人を傷つけるか、こういうことについて、やはり認識が薄かったんだろうと思います。
 そういうことは起こりがちでございますから、法務省としても、その都度、こういう問題がありましたよということはキャンペーンをしていかなければいけない、こういうふうに思っております。

○井戸委員 ぜひよろしくお願いします。秋にはシンポジウムなんかも予定をされていると伺っています。こうした取り組みに関しても積極的によろしくお願いいたします。

2018年8月11日 (土)

「真実を知りたい」 東京医大受験生の届かぬ思い

現代ビジネスに寄稿しました。
「真実を知りたい」。
受験生の思いを踏みにじった女性や複数年受験者への一律差別。
当事者の声から、問題を追ってます。

文科省 医学部の入学選抜関連調査の緩さ

昨日国会にて、共同代表をつとめる「東京医大等入試差別当事者と支援者の会」から文部科学省へ質問と要望を申し入れた。

文科省からは資料として、各医学部学科を置く国公市立大学学長あてに「医学部医学科の入学者選抜における校正確保等に係る緊急調査について(調査依頼)」が提出された。

8月24日までメールで返送するように依頼した文書の中身は以下のようなものだ。

「特定の受験者に対して、募集要綱等での事前説明のない特別な加点等を行なったことはありましたか」
「性別により合否判定に至る際を設けたことはありましたか」
「「はい」と答えた場合、いつ、どのような内容か具体的に記入して下さい」


・・・・
この調査に全て正直に回答する大学があるとはとても思えない。
しかも、この日の文科省との問答によれば、調査結果については大学名を公表するとしている。
本気で医学部入試の不正を正そうという気があるならば、
問いは違ったかたちになると思う。
「やりましたか」「はい」「いいえ」の形で聞けば、「いいえ」もしくは無回答となるのは目に見えている。
この調査は協力を依頼されているだけで、答える義務はないからである。


こんな聞き方をしても、問題はあぶり出されて来ない。
むしろ、一次試験の合否についての男女比、二次試験の面接、小論文それぞれの男女の平均点を聞くほうがずっと現実が見られる。
つまり、実は、医学部の入試に関しては二次試験がグレーゾーン、いやブラックボックスといわれていて、ある意味、建前的には公正を装って加点や減点が行なわれているのではないかといわれている。女子や多浪についての操作は、ペーパー試験ではなく、医師の資格を問う面接等で対応した方が大学側にとっても好都合なのである。
面接・小論文の男女別の平均得点を聞くことによって、必ず見えてくるものが有る。
「ブラックボックス」との疑念に対しての答えとなるし、来年からの入試について、少なくとも疑いをもたれるようなことはできなくなる。
・・ってことを、文科省はなぜ考えなかったのか。


憲法第14条
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
同第26条  すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。


憲法はお題目ではない。
国民の権利行使を保障るものでなくてはならない。

2018年8月 2日 (木)

女子減点

https://www.yomiuri.co.jp/national/20180801-OYT1T50116.html…
東京医大の「女子減点」。
「女性である」というだけで、点数を下げられる。
明治150年、近代化へ舵を取ったはずの日本は、いまだこんな状態。本当に深刻である。
医者という職業的特性を理由に「必要悪」と受容して来たことに驚き。
しかし、これはこの大学だけではないだろう。
アカデミズムで、職場で、政界も含めて、「女性が輝く」どころか、引き摺り下ろし、その分を男性に割り当てている環境は多いと思う。

杉田氏の発言もひどいが、これも悪質である。
実害を被った「実力があるにもかかわらず「不合格」となった女性受験生」への謝罪と損害賠償、入学許可等もしっかり対応すべき。
そして、全ての大学で同様ケースがないか速やかに調査すべき。

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