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2019年1月 5日 (土)

政治家・政党と参拝問題

天皇の「おことば」や行幸での報道が出る度に、
政治家たちの間でSNS等で微妙な敬語を使った礼賛が行なわれることに以前から違和感を持っている。
園遊会や天皇誕生日での「ご招待」に関しても、国会議員の招待は各党が希望者の中からセレクトするのが通例だ。招待状を見せながらまるでひとりひとりを天皇自らが選抜したかのような、ある種大げさな記述をみる度に、実にお手軽な「セレブ感」だなあと思う。
そこまでして「天皇」と自分の関係性を何らかこじつけて世に知らしめなければならない便乗マインドとは、一体なんなのであろうか。
「保守」と言われる人だけでなく、この流れに乗っている政治家は多い。

もちろん、人を尊敬する気持ちは大切にしなければならない。
ただ、それをわざわざ外に向かって「顕示」するとなると、立場によっては別の意味が出てくる。
また、自分たちはマイノリティではなく、「正当な日本人」であるとの宣言をしているようにもみえなくもなく、そこに逆に脆弱性も垣間みえてくる。

さて、立憲民主党の年始の伊勢神宮の参拝にさまざまな議論があがっている。
首相の伊勢神宮参拝は、1955年、鳩山一郎首相が最初に行い、その後中断があるも、67年の佐藤栄作首相以降、慣例化。村山首相を除いて、民主党時代も行なわれている。

私はこうした「恒例」について憲法上の違和感を持つ。

参拝は公人でなく、私人だとして行なわれる。
しかし、その境目はもっぱら当事者の見解に拠る。報道も含め、見る側は「首相」や「公党の代表」としてみるし、そう扱われるため、こうした詭弁は通用しないのではないかと思っている。

・・というようなことを、新しい党ができた時には、議論や擦り合わせが必要となってくるだろう。
先例や恒例、他党の動向だけでなく、この辺もオープンに議論できるかどうかは大事なポイントでもあると思う。

ちなみに、逢坂誠二衆議院議員は、伊勢神宮参拝に関してLINEでの発信についての質問主意書を出している。
https://www.sankei.com/polit…/…/180130/plt1801300032-n1.html

ひとひねり入れた質問主意書となっているが、問題意識は共有していると思う。

さて、こうした前提の上で「皇后考」等天皇・皇室研究を行っている原武史さんのTwitterでの指摘をあげる。

「与野党相乗りで同じ日にアマテラスをまつる伊勢神宮に参拝するというのはいかがなものか。枝野代表は野党の党首らしく、スサノヲをまつる地元大宮の氷川神社に参拝すべきではなかったか」
https://twitter.com/haratetchan/status/1081191763514028040

出雲と伊勢の観点から見ても、今回の参拝は興味深いものとなる。
私も、枝野さんは歴史的、政治的経緯も理解した上で、個人として大宮・氷川神社にこだわって毎年参拝していると思っていたので、党幹部と一緒に行なった今回の伊勢参拝は確かに意外でもあった。

いずれにせよ、この機に議論が深まるといいなと思う。
いや、深めなければならない。

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